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ツケ払い、ニャー【短編創作】

「で、払ってくれる?あの女の借金1,000万円」

突然の取り立てに、父親は困惑していた。
昼過ぎの休憩時間。
さっきまで、スマホで好きなお笑いコンビのネタを観ながら笑っていたのに、今は怒りに体を震わせている。

「こんな小さな定食屋に、そんな額を払えるわけがないだろ!」

父親は抗うが、借金取りは首を横に振る。

「保証人の欄にサインと印鑑がある。これ、あなたのだよね?」

見せられた書類を奪い取った父親の顔は、みるみる青ざめていく。隣にいた母親は泣き崩れた。
「また」だ。また騙された。父親はいつも人の良さを食い物にされる。

「1週間後までに金を用意できなかったら、ココを立ち退いてもらうんで」

借金取りは淡々と言う。
店から出ていく借金取りの姿を見ながら、ふと10年前のことが頭をよぎった。 

私が小学6年生の頃。
父親は、営業時間が終わった後に店を訪れる貧しい人達にご飯をふるまっていた。親のいない子ども達や貧困家庭、果ては浮浪者にまで、残った食材でまかない飯を作ってあげていたのだ。
その中で特に親しくしていた男性がいた。
名前を「ヤス」といい、お笑い芸人を目指していると聞いた。

毎週水曜日の営業終了間際、まかない飯を片手に父親は店の外に出て言う。

「おーい。ヤス、いるんだろ?」

すると、近くの茂みから反応がある。

「ニャー」

明らかに人間の声だ。

「バカ。全然面白くねえよ」

そう言いながら、父親の顔は笑っていた。

「でも、どんな時でも人を笑わそうとするのは芸人の鑑だな」

茂みから出てきたヤスは、まかない飯を受け取ると深々と頭を下げた。

「おやじさん!いつも、ありがとうございます!」

「お前、意外と良い奴だよな」

父親がポツリとこぼした言葉に、ヤスは少し驚いた表情をした。

「…ニャー」

「急に動揺してるじゃねえか!」

二人は声を出して笑った。この時間を楽しんでいた。
ただ、私は父親のそんな行為に良い印象を持っていなかった。なぜなら、そういう人達からご飯代が支払われることは無かったからだ。

「いいの?タダでご飯あげたりして」

私が聞くと、父親の答えは決まっていた。

「タダ飯じゃない。ツケだよ、ツケ」

ウチも別に裕福じゃないのに、いつも人のために優しさを分けてあげて。そして、いつも人から騙されて。
バカみたい。


「ちょっと!あんた!これ見て!」

母親が血相を変えて店に飛び込んできたのは、支払い期限の前日だった。母親は通帳を開いて父親に見せている。

ただならぬ様子を感じた父親は、観ていたスマホを放り投げて通帳を覗き込んだ。母親の指差した部分に視線をやると、父親の目が大きく見開いた。私も駆け寄って、その箇所を目で追った。

お預り金額:10,000,000円
振込人:ツケバライ ニャー

「…バカ。全然面白くねえよ」

父親は笑いながら泣いた。
床に放られたスマホでは「ニャー」という野太い声を持ちネタにしているコンビが、お笑いコンテストで優勝した時の映像が流れていた。


(文字数:1,200字)

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今回は下記の企画に参加しました!
テーマは「かがみ」
文字数が800〜1200字
なかなか難しかったけど、書いてて楽しかったです。

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