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手かざし

子供のころ、「手かざし」という体験をしたことがある。未だに、“はて、あれは一体何であったのか?”と思い出すたびに謎は深まるばかりである。

それは、商店街で開かれていた夏祭りに友達と訪れたときのこと。

お母さんから“夏祭り用に”ともらった1,000円を握りしめて、当時、小学校で流行っていたぷくぷくしたシールや、もこもことふくらむペンを行きつけの文房具屋で買ったあと、すぐ隣にある和菓子屋さんでは大好きなみたらし団子を、焼き鳥屋さんでは、ねぎ間を買って食べ歩き。

相変わらず、どの店でもおばちゃんやおじちゃんが優しくて、団子屋では、おまけまでしてくれた。

「はぁ〜、なんて幸せなのか」と、心の中では拍手喝采の最中、何気なくある店に目が止まった。

いつもは、お菓子や雑貨を売っている何でも屋的な店の店頭に、見知らぬおばさんが立っていて、ポテトチップス的なものを皿に乗せてもっているのが見えたのだ。

食いしん坊な私は、それが食べたいがゆえに友達に「あそこに行ってみよう!」と誘った。

店頭のおばさんは、私達を見つけると、目をランランと輝かせて「今ね、手かざしやってるの。こっちが手かざしをしたワサビーフ(ワサビ味のピリ辛なポテトチップス)。こっちが手かざしをしていないワサビーフ。手かざしをしたほうは、全然辛くないのよ!食べてみて!」と言った。

彼女の手の上に載せられた薄くて大きな紙皿には、微妙に半分にわかれて並べられたワサビーフが乗っていた。

“なんか怪しい!いや、かなり怪しい!”と子供ながらに危機感を覚えたのだが、言われるがまま、ワサビーフに手を伸ばしてみた。

正直、私はその違いが全くわからなかったのだが、友達はひとつふたつと食べ比べると「あ!本当だ!確かに辛くない!」と、鼻息荒くいい放った。

すると、このおばさんから「しめた!」と聞こえるほど「でしょでしょ!そうなのよ!ちょっとこっちに来て!」と有無を言わせぬ圧をかけられ、お店の2階に連れていかれた。

するとそこには、薄暗く広いスペースが広がっていて、ベッド数台に寝かされている人と、その人の体をさわることなく手かざしなるものをしている人、立ちながら手かざしを受けている人がいた。

これって、いわゆる気功的なものなのだろうか?

友達と私も背中を向けて立たされ、先生的な人の手かざしを受けることになった。

「じんわりと背中が暖かくならない?」と、ワサビーフおばさんは私の顔をのぞき込みながら言う。

小さなころから割と気を遣いがちだった私は、全然何も感じないことがなんだか悪い気がして「そうですね。うーん、なんか、あったかいかも?」と、嘘をついた。

すると、友達は「本当だ!ぽかぽかするね!」と言ってきた。もう彼女の目はワサビーフおばさんと同じくらいランランとしている。

おばさんは、「あなた素質があるわね」。と、真剣な顔をして友達を褒め称えた。

毎週、手かざしの会はいたるところで開かれているのだそうで、それに参加すれば、手かざしを勉強したり受けることができ、病気になりにくくなるという。

そして友達に「あなたぜひ参加したほうがいいです」と言った。

友達はもう半ば手かざしの信者と化していた。そして危うく「手かざしの会」的なものに入会しそうになるのを、「ちょっと待った〜!」と言って、彼女の手をひき、いそいそと店を出た。

友達とあれは何だったのかと話しながら、店を出てしばらくして振り返ると、ワサビーフおばさんは、再び片手に薄くて大きな紙皿を載せて店頭に立っていた。

ずっと親しんできたいつもの商店街が、なんだか違って見えた。

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