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なぜ、「足袋」の着用をオススメするのか?〜合気道と畳との関係〜【中編】

【前編】では、
合気道ならではの「滑るような足捌き」と、そのための、「技術的なアプローチ(拇指球を中心とした足捌き)」について書きました。

↓ ↓ 【前編】はこちら ↓ ↓

今回の【中編】では、
合気道ならではの「滑るような足捌き」のための、「素材からのアプローチ」について考えます。


(1)合気道は「ビニール柔道畳」の上で行われている


① 自然素材の稽古畳(柔道畳)からスタートした合気道

滑るような足捌きのためには、拇指球(足親指の付け根にある膨らみ)を軸にした足捌きが大切です。

ですが、床の素材が足裏にくっつくような環境ではどうでしょうか??どれだけ工夫しても、滑るような足捌きはできません

これは、合気道草創の時代には考える必要がない問題だったと思います。なぜなら、稽古には「琉球畳表(*1)」の稽古畳(柔道畳)を使うことが基本だったからです(または、畳を敷いていない板間)。

そして、合気道は「琉球畳表」の上で生まれ、育まれました。

したがって、「合気道ならではの足捌き」とは、「琉球畳表の上で動くことに適した足捌きである」、と考えることができます。

これを言い換えてみます。

「合気道ならではの足捌き」とは、
「開祖・植芝盛平先生や、合気道を体系的に確立された二代道主・吉祥丸先生、諸先生方が稽古をされていた環境で生まれ・自然と育まれた足捌き」である。

合気道において、足捌きを大切な要素だと考えるのならば、この点を見逃してはならないと思います。

② 合気道は「ビニール柔道畳」の上で行われている

現在、合気道の稽古は、そのほとんどが「人工素材の柔道畳(通称:ビニール柔道畳)」の上で行われています(※伝統的な琉球畳表の稽古畳や、ジョイントマットなどを用いて稽古をされている道場もあります)。

ビニール柔道畳の普及と、合気道の普及は、時期が重なります。というよりも、ビニール柔道畳の普及によって、あらゆる場所で手軽に稽古できるようになったことが、合気道の普及に寄与したとも考えられます。

過程はどうあれ、現状では、ほとんどの合気道の稽古が、「ビニール柔道畳」の上で行われているのです。

ちなみに、全日本柔道連盟(全柔連)の「公認用具(柔道畳)取扱規則」には、次のように定められています。

(公認畳の国内柔道競技会での使用)
第1条 全柔連が主催・主管する柔道競技会においては、その試合場に必ず公認畳を使用しなければならない。
2 地区柔道連盟(協会・連合会)が主催するに柔道競技会においては、原則として、その試合場に公認畳を使用すること。

公益財団法人全日本柔道連盟 公認用具(柔道畳)取扱規則(令和6年5月22日改訂版)

そのため、柔道競技会が行われる可能性がある「畳の武道場」には、必然的に、「全柔連の公認畳」が使用されることになります

「ビニール柔道畳」の柔道場(例)
(筆者撮影@岐阜市民総合体育館)
「ビニール柔道畳」の柔道場(例)
(筆者撮影@岐阜市体育ルーム)

(2)「ビニール柔道畳」と相性が悪い「合気道」


(理由1)足が滑らない

「全柔連の公認畳(以下、公認畳)」には、厳格な規程があります。例えば、次のような審査基準があります(*2)。

  • サイズ

  • 畳表のすべり(すべり抵抗係数: 0.4~0.7)

  • 衝撃吸収性

  • 硬さ

  • 形状安定性

これら審査基準のうち、合気道にとっていちばんの曲者が「畳表のすべり」ですビニール柔道畳の畳表(足裏が触れる部分)には、「足が滑らないための基準」が定められているのです

したがって、「滑るようなすり足」や「回転動作」を大切にする「合気道の足捌き」と、「足が滑らないようにできている公認畳」とは、そもそも相性が悪いのです

(理由2)足裏に吸い付く

そして、畳の素材はインシュレーションボードを主体に、2層から3層になる発泡ポリプロピレンによって、クッション性が保たれています(*3)。

クッション性は、受身の衝撃を和らげてくれるのですが、沈み込む性質にもなります。ビニール柔道畳に乗ると、このクッション性によって、少しだけ足が沈みます。そのため、足裏に吸い付くような感じを受けます。

足裏に吸い付くような畳の上では、合気道ならではの、滑るような足捌きは難しくなります。

もうおわかりかもしれません。

当会が「足袋の着用」をオススメする理由は、「足が滑らず、足裏に吸い付くようなビニール柔道畳の上で、滑るような足捌きを行うため」なのです。

【まとめ】「合気道の足捌き」と「ビニール柔道畳」

滑りにくく、足裏に吸い付くようなビニール柔道畳では、合気道ならではの足捌きは難しい、と書きました。無理に行えば、足を痛めてしまいます。

特に、合気道ならではの足捌きである回転動作(転換・回転)を、ビニール柔道畳で行う際には注意が必要です。足裏が畳に張り付いた状態で、上半身だけぐるっと回転させることをイメージしてください。自分の膝に、自分で関節技をかけるような状態になり、痛めてしまうのです

こうしたケガを防ぐためには、「ビニール柔道畳に適応した足捌き」が求められます。

ですが先ほど、「合気道ならではの足捌き」とは、
「開祖・植芝盛平先生や、合気道を体系的に確立された二代道主・吉祥丸先生、諸先生方が稽古をされていた環境で生まれ・自然と育まれた足捌きである」、とも書きました。

このように考えると、
「ビニール柔道畳に適応した足捌き」とは、「本来的な(自然素材の畳の上で生まれた)合気道ならではの足捌き」から変化する可能性が高くなります(※もちろん、稽古環境への適応は、1つの進化形ともいえます)。

では、われわれはどうすればよいのでしょうか??

(3)滑るような足捌きのための、「素材によるアプローチ」(帆布の縫い付け)


① 優れた解決策としての「帆布」(でも一般的には難しい…)

この点についての対応としては、合気会の本部道場や、多田先生が主宰する道場(自由が丘道場・月窓寺道場 等)の対応が参考となります。

これらの道場では、ビニール柔道畳のクッション性を保ちつつ、合気道ならではの滑るような足捌きができるように、畳表に「帆布」が縫い付けられています

「帆布」を縫い付けた、自由が丘道場の畳
(画像引用:『合気道自由が丘道場少年部HP』)

ちなみに、本部道場の畳表に帆布が付けられた経緯についても、多田先生がお書きになっています。合気道の稽古における、畳表の(素材の)重要性がよく分かるお話なので、こちらも引用させていただきます。

(前略)私が入門した頃*は、この座り技が特に多かった。
 そのため、袴は一月も経たず、ぼろぼろとなった。(中略)
 畳もすぐ破れた。幾時間も掛けて畳屋が仕上げた、琉球表を麻糸で刺した道場畳も、ある時は一週間で破れたことがあった。合気道は世人が考えている以上に、転換、回転に用いる動作の足の踏ん張る力、また座り技の膝の力が強いからだ。そこで、道場の幹事が吉祥丸先生に進言し、試しに当時出だしたビニール畳に換えてみた。ところが、当時のビニール畳は未だ製品が未熟で摩擦が多く、今度は稽古人の足の裏、膝と足の甲が破れて直らずに潰瘍となった。そのため、畳屋と相談し、工夫して帆布を畳に付け、用いることにした。以来今日まで帆布の畳が使用されている。

(多田宏(2018),『合気道に活きる』,日本武道館,p231)*筆者注:多田先生の植芝道場への入門は1950年。なお、太字化は筆者による。

自由が丘道場でも、以前はビニール柔道畳がそのまま使われていたと、先輩から伺ったことがあります。そこに帆布を付けたのは、「座技や足捌きを存分に稽古できるように」という多田先生のこだわりでした。

ですが、帆布の縫い付けは常設の専用道場でなければできません。公営の柔道場をお借りするような場合には不可能です。また、かなりの費用も必要です(*4)。つまり、一般的な道場では、真似することが難しい。。

それでは、ビニール柔道畳の上で、合気道ならではの滑るような足捌きを可能にするためには、一体どうすればよいのでしょうか??

帆布が破れてビニール柔道畳が露出した状態
(筆者撮影@自由が丘道場)

(4)滑るような足捌きのための、「素材によるアプローチ」(当会流)


① 畳は変えられない。ならば「何か」を履いてはどうか?

私が東京で稽古させていただいた道場の環境は、多田先生のこだわりによって帆布が縫い付けられていました。研修会などでたまにお邪魔した本部道場も同様です。

もちろん、上記以外の場所で稽古をする機会はありました(演武会、講習会・出稽古、広島やイタリアなどへの遠征稽古)。そして、これらの機会にお邪魔した武道場は、もれなく全て「ビニール柔道畳」でした。

「ビニール柔道畳」の上で、合気道ならではの滑るような足捌きをするにはどうすればよいか??

この点について、私は試行錯誤を重ねました。

1つはもちろん、拇指球を中心とした足捌きの徹底です。しかし、技術だけではカバーできないのは、先述のとおりです。

そこで、いろいろなものを履いてみました。

足裏とビニール柔道畳との間に「帆布」を挟むのが理想の状態ならば、ビニール柔道畳の上でも「何か」を履けば、その理想に近づけるのではないか!?そう考えたのです。

②「足袋」が良さそうです

「足袋」以外に、次のようなものを試しました。

  • 靴下(五本指でない)・・・すぐにズレる。耐久性に難あり。

  • 靴下(五本指)・・・(少し軽減されるが)すぐにズレる。耐久性に難あり。

  • 剣道用サポーター(足袋型・下の写真)・・・一部分だけが合成皮革でカバーされているため、足捌きに違和感が出る。

  • 革靴(新品)・・・裏に凹凸のないタイプを、板張りで試してみました。これを履いて畳の上での稽古はできません。膝を痛めます。

剣道用サポーター(筆者撮影)

いろいろ試した結果として、「足袋」が一番でした。ビニール柔道畳の上でも(少し)滑りますし、「拇指球を中心とした足捌き」を意識すれば、足裏とビニール柔道畳との引っ掛かりが随分と軽減されます。

ビニール柔道畳での稽古には、「足袋」が一番良さそう、というのが、(現時点での)私の結論です。

また、柔道用のビニール柔道畳にも、畳の目の向きがあります(本来の畳に少しでも近づけたいというこだわりでしょうか。。)。畳の目の向きに沿って足捌きを行うと、少しだけ滑りが良くなります。稽古の方向はある程度決められるので、この点も意識できれば、ビニール柔道畳の上でも、より合気道の本来的な足捌きに近づけると思います。

足袋を履いた状態での「一重の半身」

※全日本合気道演武大会(2024)にも、足袋を履いて出場しました。

③ その他の工夫(道具の活用など)

足袋を履けば、立ち技での足捌きは、帆布を張った畳での稽古にずいぶんと近づきます。しかし、座技(膝立ちを中心とした動き)ではそうはいきません。

足裏は「拇指球」という軸を意識することによって回転時の接地面を小さくできるのですが、座技の場合には、どうしてもこのような工夫に限界があります。

本部道場で帆布が取り付けられた経緯(上述)にもある通り、無理に座技を行えば膝や足の甲を痛めてしまいます。この点については、プラスチックのシートや、ジョイントマットによる対応を検討中です。

このように当会では、合気会本部道場や、多田先生の傘下道場の稽古環境を理想のものとして、そこに近づけるための工夫を凝らしています。

座技では、どうしても接地面・摩擦が大きくなる

【中編】はここまで
↓ ↓ 【後編】に続きます ↓ ↓


[注釈/参考文献]

(*1)琉球畳表:自然素材である、カヤツリグサ科七島藺三角藺(しちとういさんかくい)を原料とした畳表
(*2)公益財団法人全日本柔道連盟 公認用具(柔道畳)規程(平成27年3月17日改訂版)
(*3)参考:「(有)セキ畳店HP」(最終閲覧:2022/12/30)

(*4)帆布の縫い付けは畳職人が行う。費用は1畳につき1万円以上かかる上に、約10年で張替え・補修が必要(注:自由が丘道場の場合)。



【合気道至心会のご案内】

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