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漫才衣装論③ 錦鯉 色の対比と分断と融合と

前回は銀シャリの衣装の流れから、漫才における揃いの衣装についての考えを書きました。

そのなかで書いたように、揃いの衣装というのは漫才師の典型的イメージと合致する衣装のわりに、M-1の決勝までいっている例は少ないです。

ざっと見てみた感じだと、服のデザインと色が揃っていたという印象が強いのは、おぎやはぎザ・プラン9ハリセンボンジャルジャルスリムクラブ銀シャリオズワルドロングコートダディ、くらいです。

数えてみると、思っていたよりいましたけど、割合として見るとにはかなり少なく、数%でしょうか。

当たり前といえば当たり前に聞こえますが、大体がコンビで二人とも違う衣装を着ているわけです。
ただ、好き勝手に自分着たい衣装を着ているというわけではなさそうな、ある程度のコンセプトをもった違う衣装にしていると思われるコンビも多いです。

わかりやすい例として、今回は錦鯉について考えていきます。

突き詰めたわかりやすさ

チェス型衣装

錦鯉が舞台に上がり、一番最初に目がいくのは長谷川さんでしょう。

その人が全力で「こーんにちはー!」と言う。つかみとしてはこれ以上ないくらいわかりやすいです。

では衣装に注目してみます。

ボケの長谷川さんは真っ白なスーツ真っ白なネクタイ真っ黒なシャツ

ツッコミの渡辺さんは、黒スーツに白シャツにネクタイ

非常にわかりやすい白と黒のコントラストです。

この漫才衣装を「チェス型衣装」とよぶことにします。

そんな変な感じでよばなくても「白黒型」くらいで十分で、というかそもそも「~型」なんて使わなくてもいいわけですが、こういう独自の用語を作って書いてみると、なんだか「論」っぽくなる気がして、無理やり入れ込みました。


ともあれ。
このチェス型衣装の強さは、ボケとツッコミの違いが際立つということです。

単なる色違いというだけでも、二人の立場の違いを表現することはできますが、ハッキリと分けるには、文字通りに「白黒ハッキリさせる」のが一番です。

普通であれば、白と黒は互いに強調し合うはずで、黒が目立ってもよいのかもしれません。
たとえば、いま書いているnoteの魅力の一つであるシンプルなデザインは、背景が真っ白で、文字が真っ黒というコントラストによって構成されています。
黒い文字がよく目立つので、非常に読みやすいというわけです。

しかし、こと服装に関して、たとえ白が隣にあったとしても黒が目立つことはありません
黒い服というが、スーツや学校制服などで身近にあふれかえっているからかもしれません。

ゴシックファッションくらいまで振り切らない限り、黒というだけで目立つことは難しく、スタイリッシュに見せることできますが、目立つまではいきません。

普通していれば、埋没した無個性なものに見えます。

その極地ともいえるのが錦鯉の渡辺さんの衣装です。本人もたびたびネタにしているように、見た目的にはそこらへんのサラリーマンと変わりません。

こうなると、観客は、その衣装から何か情報を得るような努力はせず、すぐに隣にいる人に意識を向けます。

すると隣には真っ白なスーツをきた陽気なおじさんがいます。
誰もが「ああ、こっちがボケで、とりあえずこっちを見とけばいいんだな」と考えるでしょう。

どちらがボケかツッコミかが見た目ですぐにわかるというのは、単純なことではありますが、それによって、観客は二人の役割について余計な推測をせずネタに集中できるようになるため、非常に重要な工夫です。

2人の間の分断

チェス型衣装の効果の一つに、コンビ間に世界観の分断が生まれるということが挙げられます。
世界観を統一する揃いの衣装とは真逆です。

コンビ間の分断というとネガティブに聞こえるかもしれませんが、ボケとツッコミの間の分断となると効果的に働きます。

ここでも錦鯉のネタを例にしてみます。

錦鯉のネタはまず長谷川さんが「パチンコ台になりたい」「合コンに行きたい」「サルを捕まえたい」といって始まります。

典型的なコント漫才の形です。

そして長谷川さんはコントの中に一人でつっこんでいき、渡辺さんはそれを外から見ている、という構造になります。ボケとツッコミで違う世界にいることになります。

長谷川さんはどんなにつっこまれようが、叩かれようがボケを止めません。
ボケとツッコミの間で会話が成り立ちません。

このように会話部分を圧縮することで、ボケツッコミの数、いわゆる手数を増やすことに成功しています。

結果として、ネタが進むにつれて、2人の分断は深くなっていくわけですが、初めからコントラストのある2人なので違和感は少ないのではないでしょうか。

注目するべきなのは、2人の間には分断がある一方で、ツッコミと観客の間には分断がないということです。

ツッコミがボケを切り離して、それを外から見ているように、観客もまたボケを外から見ているわけです。
つまり、ツッコミは観客と同じ立場という構図になります。

となると、あの目立たなかった黒の衣装が違った意味で効果を発揮します。
より普通な立場、つまり、「観客の代弁者」としてのツッコミの立場を際立たせることができるのです。

ボケとツッコミの分断が深まると同時に、観客とツッコミは融合していく、ということになるかもしれません。

揃いの衣装では難しかった観客との世界観の共有を、チェス型衣装では比較的簡単にできるのかもしれません。

チェス型は王者の衣装

そういうこともあってか、振り返ってみると、このチェス型衣装のM-1王者は多いです。
アンタッチャブルNON STYLEトレンディエンジェル霜降り明星、そして錦鯉

トレンディエンジェルを除いて、白を着ている人がボケで、黒がツッコミです。(トレンディエンジェルは衣装以外にも、フィジカル面での強さがとんでもなく際立ったコンビなので、今回の例からは外してもよいかもしれません)

アンタッチャブルは2003年のM-1で敗者復活から勝ち上がって最終決戦まで残りましたが、あの時はボケの山崎さんは黒スーツ、ツッコミの柴田さんは黒系のトレーナー(?)を着ています。

2004年では、黒ジャケットは着ず、白シャツ白ネクタイのいわゆる「ザキヤマ」スタイルの衣装となり、柴田さんも黒ジャケットを着て、チェス型衣装となりました。

そのおかげかどうかはわかりませんが、初のチェス型衣装の王者になりました。

私が初めて霜降り明星を見たのは、確か2016年のM-1の敗者復活で、そのときはチェス型衣装じゃなかった気がします。
特に粗品さんがなんだか変な格好をしていて、Wikipediaによるとルパン三世を意識した衣装とのことでした。

全体として視覚的な情報量が多く、少し世界観というかセンスが強めに出すぎているような印象がありました。

2018年ではせいやさんが白ジャケットな白の短パン、粗品さんが黒スーツになっていて、グッとシンプルでわかりやすい見た目になっていたように思いました。

また2人とも真っ黄色なネクタイという、日常生活ではお目にかからない色のネクタイで揃えていて、ボケツッコミの分断を作りつつ、二人だけの世界観を作り上げるというスゴいことをしています。

信号機型という対比

色の対比としては白黒ほどはっきりしたものは他にないと思いますが、それとは違った色のコントラストでコンビ間の対比を見せている例もあります。

それが赤と青です。
これを「信号機型」とよびます。

信号だけでなく赤鬼青鬼の例だったり、ステレオタイプ的ではありますがトイレの男女の区別に使われるように、赤と青は対比される色とみなされています。
(信号は青じゃなくて緑ですけど、ここでは置いておきます)

これを漫才の衣装に取り入れている例もあります。

一番わかりやすいのは、2002年のテツandトモですが、これは特殊すぎます。

マヂカルラブリーは野田クリスタルさんのネクタイが青で、村上さんのピンクのカーディガンで対比させていました。

おいでやすこがも二人のワイシャツの色が青系統と赤系統。

オズワルドは基本的に揃いの衣装よりでしたが、2021年はネクタイのペイズリー柄というんでしょうか、あれが赤と青で対比?になっているのかどうか、という感じでした。

全体として、ビビットに赤青にしているよりは、よく見たら区別されている、という感じです。なんというか、目に優しい。

揃いよりはわかりやすく、白黒ほどハッキリとはさせないというスタンスでしょうか。

ゆにばーす衣装の完成度

ここで書きたいのはゆにばーすです。

前から赤系と青系という感じでしたが、2021年の決勝では真っ赤な服のはらちゃんと、スカイブルーのスリーピースの川瀬名人でかなり明確なコントラストのついた衣装でした。

色自体は、かなり派手めに振り切っていますが、どこか気品のある服装です。
見事に二人とも目立っていて、かつ、あのセットの豪華さに負けないゴージャスさ。それでいながら、銀シャリ的なクラシカルな雰囲気もまとわせていました。

身長差であったり、声質の違いに加えて、衣装でもキレイな対比があって、ディスカッションのネタという対立がより活きていたように感じます。

それゆえにディスカッションの勝ちっぷり、負けっぷりがより一層に面白いものになっていたのではないでしょうか。

実際のところはどうかはわかりませんが、ゆにばーすの試行錯誤と、M-1に対する執念みたいなものが垣間見えて、ここ数年のなかで一番キマった衣装だと思います。

この先もこの路線でいくのか、また変えてくるのか。今後が楽しみだったりします。


錦鯉の衣装からあれこれ考えてみました。

読み返してみると、こじつけ感もあり、かなりアクロバティックな繋ぎ方をしている部分もあるわけですが、今回は色々と思いつくことが多く楽しかったですね。

分類をいくつかしてみたものの、M-1決勝進出者だけでも、捕捉されていない例の方がが多いので、また思いついたら書いてみます。

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