『訴訟』1行目

noteで書く初めての記事のタイトルが「『訴訟』1行目」というのは、なんとも風変わりですね。

『訴訟』というのは、フランツ・カフカの小説で、原題は“Der Prozeß”といいます。僕は今日からこの小説を読みます。そして、読む条件として以下の二つを課します。

①ドイツ語で読むこと

②一日一行読むこと

なんでそんなことするんだ?と思うでしょう。僕も思ってますが、特に理由はないのです。天啓のようなものでもありません。「今日の昼ごはんは何にしようかな、そうだ、とろろ蕎麦にしよう」ぐらいの気持ちです。そして、どうせ読むなら記録しておきたいので、ブログ感覚でnoteに書いていきます。本当にそれだけなんです。

僕のドイツ語の能力は初級クラスですが、辞書を引きまくれば何とか読めると信じているので、スマホアプリのクラウン独和辞典や、Googleの検索を駆使していきます。その代わり、厳密な和訳を作っていくという作業は行いません。誤りは沢山出てくるでしょうが、誰かに金をもらっているわけではないので気楽に気楽に。

カフカの原文の著作はすべて著作権が切れており、今回はzeno.orgで公開されているものを読んでいきます。

では早速始めましょう。

Erstes Kapitel

Erstes は英語のfirst、Kapitel はchapter なので第一章ということですね。ちなみに、ドイツ語では、名詞は文章のどの位置にあっても大文字で始まります。

一日一行と書きましたが、初日がこれではなんとも寂しいので次の章題と、その次の本文1行目まで読みます。

Verhaftung – Gespräch mit Frau Grubach – Dann Fräulein Bürstner

Verhaftung は「逮捕」や「拘束」という意味です。ドイツ語には名詞に性があり、男性・女性・中性の3つに分けられます。Verhaftung は女性名詞です。最近、COVID-19 がフランスでは男性名詞として扱われていることに異議を唱える記事を見掛けました。フランス語では「病気」にあたる単語が女性名詞なので、acronymであるCOVID-19(CoronaVirus Disease)も女性名詞として扱うべきだというものです。ちなみにCOVID-19 の「-19」の部分って2019年を意味するらしいです。病名ってそんな感じでつけてもいいんだ。

Gespräch は「会話」、mit は英語のwith なので、「Frau Grubach との会話」ということですね。Frau は英語のMs. やMrs. を意味するので、「グルーバッハ婦人との会話」となります。「婦人」は成人女性を、「夫人」は妻を表すのですが、まだグルーバッハさんが結婚しているかどうかは分からないので一応婦人表記にしておきます。

Dann は副詞で英語のthen にあたります。Fräulein はさっきのFrau と似ていて未婚の女性を表すものですのでBürstner嬢とも会話したということになります。ü の発音の仕方は「ウの口でイと発音するんだよ」や「ュに近い音」と習いますよね。おお、なんかドイツ語入門っぽいぞ。Bü を「ビュ」とすると、この人物はビュルストナーとなるのでしょうか。ちなみにBürstner と検索したらドイツのキャンピングカーの会社がヒットして仲睦まじいカップルが旅するプロモーションビデオを観させられました。時間を返せ。

第一章の内容はグルーバッハさんと会話して、その後にビュルストナーちゃんと会話するといったものになりそうです。ん?「逮捕」? タイトルが『訴訟』(『審判』と訳されているものもありますね)で第一章の章題に「逮捕」て。不覚にもかっこいいと思ってしまった。

そしてようやく1行目です。

Jemand mußte Josef K. verleumdet haben, denn ohne daß er etwas Böses getan hätte, wurde er eines Morgens verhaftet.

突然長くなりましたね。Jemand mußte Josef K. verleumdet haben という部分をまず見ていきましょう。Jemand は代名詞で「誰か」「ある人」です。これが主語のようですね。mußte はmüssen という助動詞の過去形です。英語のmust ですね。verleumdet はverleumden という動詞の変化形で「誹謗中傷する」、verleumdet habenで完了形になるので「誰かが誹謗したに違いない」となります。そしてようやく主人公のJosef K. が登場します。「ヨーゼフ・Kは誰かに誹謗中傷されたに違いない」。タイトルが長いライトノベルのそれみたいだな。

コロンの後にそう思われる理由が続きます。

denn ohne daß er etwas Böses getan hätte, wurde er eines Morgens verhaftet.

denn は「なぜならば、というのも……だからだ」、ohneは英語のwithout  でohne dass~で「~することなしに」となります。er は英語のhe でヨーゼフ・Kの代名詞ですね。etwas は英語のsomething で次のBöses <Böse「悪事」と繋がります。getan<tun は英語のdoで、habenの過去形 と合わさって過去完了形になっています。ここまでで「というのも、ヨーゼフ・Kは悪いことをしていないのに」と一区切りです。次に行きましょう。

er は同様にヨーゼフ・Kのことです。この文はwurde~verhaftetで過去形の受動態になっており、verhaften が「逮捕する」という動詞なので、「逮捕された」となります。Morgen 「朝」が、eines Morgens と不定冠詞の二格に変化しており、「ある朝に」と訳せます。前のdenn の「……だからだ」を付け加えると「ヨーゼフ・Kはある朝に逮捕されたからだ」となります。

おいおい、主人公が逮捕されちゃったよ。しかも悪い事はしてないのに。『変身』では虫に変えられ、『訴訟』では突然逮捕される。カフカの小説の主人公には絶対になりたくない。

これが『訴訟』の一文目です。誹謗中傷されたヨーゼフ・Kが逮捕されるのは訳的に違和感があるので、verleumden は「誹謗中傷する」と辞書的に訳すよりは、誰かが嘘をついてヨーゼフ・Kに罪を着せたと考えるほうがよいでしょう。とにかく、ヨーゼフ・Kは心当たりのない罪で突然逮捕されたのです。『変身』に代表されるように、主人公が不条理な状況に陥るのはカフカの特徴として挙げられます。今回の『訴訟』においてもその不条理は主人公を襲うようです。

また、この1行目からわかることは、この小説は三人称の視点で進んでいくようだということです。第三人称小説には「神の視点」から登場人物を描くものと「一元的視点」、つまりある特定の登場人物が他の登場人物を描くものがあります。『訴訟』はというと、ヨーゼフ・Kが「悪いことをしていないのに」ということが述べられており、「誰か」が「verleumdenしたに違いない」という曖昧な感じはありますが、「神の視点」から描かれたものだと思われます。

主人公が突然逮捕されるという薄気味悪い雰囲気に包まれながら、読者は物語世界に踏み入っていきます。そして僕は一日一行で『訴訟』を読み終わるまでの果てしなさを感じています。11年かけて横光利一の『機械』という短編小説を読んだ方がいましたが、それに近いものになるのでしょうか。そもそも第一章を読むだけでどれだけ時間がかかるんだろう、トホホ。

だけど、同時に次の一行を読みたいという欲求にも駆られています。ヨーゼフ・K君、どうなるんだろう……

いつまで続くかわかりませんが、当分はこの贅沢で冗長で不安で刺激的な読書を楽しんでいこうと思います。


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