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#03 Com açúcar e com afeto / Chico Buarque

2022年1月25日、ニュースの見出しに
男尊女卑:シコ・ブアルキ、ナラ・レオンに贈った曲をもう歌わないと公言
なんて書かれていると、何が起こったんだろう?と思ってしまいますよね。

imagem: revistaforum.com.br

何が起こったのか、ご説明したいと思います。

今年で生誕80歳を迎えるナラ・レオン。
久しぶりにブラジルのニュースに大きく名前が登場しました。
オマージュとしてドキュメンタリー番組『O canto livre de Nara Leão』がGloboplayというブラジルのTV局グローボの有料チャンネルで放送。
とても良かったので、感想は後日改めて書きますね!

imagem: Globoplay

監督はヘナート・テーハ。
MPB*が盛り上がりを見せた60年代の音楽フェスティバルで、伝説的なとも言われる67年大会に焦点をあてたドキュメンタリー映画『Uma noite em 67』を作った方です。これはブラジル音楽史を語るには欠かせない名作!

* MPB(エミぺーべー)と呼ばれる60年代に登場したブラジルのポピュラー音楽

このナラ・レオンのドキュメンタリー番組の中で、インタビューに最も登場するのは、ナラの生涯の音楽仲間であるホベルト・メネスカルとシコ・ブアルキ。
今回ニュースでピックアップされたのは、シコがドキュメンタリー内で話したこのエピソードの事でした。

ナラはボサノヴァ仲間のミューズ(一部マスコミはマスコットと呼んだ、失礼な!)と呼ばれ、ワンピースから膝を出してギター弾き語りをしたり、ジーンズをはいてプロテストソングを歌ったり、当時の女の子(年齢的にそう呼んでます)の中では活発的で異色な存在。
いろんな音楽グループを渡り歩いては、自然と中心人物なってしまう魅力的な人物でもありました。
一方で、家庭的な女性に憧れている部分もあったようです。

実際、当時付き合っていた映画監督のカカーに「結婚したい!」と言ったのも「子供がほしい!」と言ったのもナラだったし(カカーは結婚も家庭も興味がなかったそう)、遂にはこんな曲を書いてほしいと、シコにお願いしたわけです。

「シコ、次は私に苦労してる女の曲を書いてほしいの!」

ナラがお願いしたのはアシス・ヴァレンチやアリ・バホーゾが書いた1930年代の古いサンバのような、飲んだくれの夫や女遊びをする恋人に振り回されている女性の苦悩を語った曲でした。
親しいナラからのお願いを断れないシコは、その通りの曲をプレゼントしました。(自称恥ずかしがり屋のナラですが、こういう部分に「こうと思ったら一直線」的な性格が出ている気がします。)

実はシコにとって、一人称を女性として考えた初めての曲だったそうです。

ナラはもちろん、シコも完成した曲を気に入ったようですが、1967年から50年以上経った今、この歌詞の内容が問題視されるようになりました。

近年、ブラジルではフェミニストのムーブメントが盛んで、その勢いは年々増しています。
それに伴って、「毎日飲みに出かける夫が早く帰ってくるように、夫の好物であるケーキを焼いて家でじっと待っている」という歌詞は、現在の女性が望む姿ではなくなりつつあります。

愛する男性に尽くすという考え方や作品に対して、「古い」、「女性の社会進出を妨げている」、「自分自身そうでありたくない」という意見が出てくるようになりました。

これに対してシコは、
「当時はフェミニズムとか、そういう意識が今のように高くなかったからね。僕はフェミニズムを支持するよ。だからもうこの曲は歌わない。もしナラが生きていたら、彼女もこの曲は歌わないだろうね。」
とドキュメンタリーで語っています。

そういえば、女性シンガーの友人たちは、アリ・バホーゾの曲は歌詞によっては歌いたくないものがあると言っていたのを思い出しました。

世界的に、“開放的なブラジル女性”という偏ったイメージは、あくまでも作り上げられた幻想。
実際は根付いている男尊女卑という大きな古傷と今も闘っています。
ブラジルの女性、特にアーティストはハッシュタグ等を使って普段から女性の人権について呼びかけています。

でも、歌詞はあくまで一つの作品としても捉えられるので、歌わないと公言するまでしなくてもよかったのでは?とも。。

それを言ったら、それこそ古いサンバや、ブラジルの現代版カントリーであるセルタネージョ・ウニヴェルシターリオ、スラム街のサブカルチャーから生まれたファンキも男尊女卑の歌詞が多いです。
フェミニストがそれらを嫌うのがわかります。
マリリア・メンドンサのように例外で女性の気持ちに焦点をあてたセルタネージョ歌手もいるけど。

ちなみに、LGBT+関連の歌詞も同じことが言えます。
以前はカーニバルの十八番だった「Maria Sapatão」(おなべのマリア)も、最近では演奏がタブーとなっているようです。
あくまでも一部の界隈かもしれませんが、今後はご法度になる曲が増えそうな気もします。

【参考】

Chico Buarque 『À Flor Da Pele』DVD
Renato Terra 『O canto livre de Nara Leão』 globoplay

※ この記事はサイト『南米音楽365日』の2022年1月27日投稿分を一部修正して掲載しました


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