【50年周年記念】1972年発表!ブラジルの名盤レコード10枚
1972年、ブラジルは軍事政権下にありました。
50年代後半の経済成長と共に生まれたボサノヴァも、国に陰りが見え始めた頃に人気が衰退します。
そして64年に軍事政権が成立してから、軍部に反発する人は拷問され、市民権が奪われることもありました。
当然ながら、アーティストも自由に発言ができなくなってしまいます。
こうした背景から生まれたMPB(ムジカ・ポピュラー・ブラジレイラ)は、軍政だけでなく、格差の激しいブラジルの現実に目を向けたプロテスト的な役割を持ちながら人気を高めていきます。
民政に移管した今でも、国を代表する音楽となっています。
1972年は軍事政権下でしたが、60年代後半に比べると作品に対する検閲が落ち着いてきた頃で、亡命していたアーティストたちも母国に戻ってくることができました。
この年にリリースされたMPBのアルバムは、なんとも名作ばかり!!
10枚に絞るのは大変でしたが、本国ブラジルにて大成功を収めた作品や、近年再評価されているアルバムを選びました。
各作品とも、エピソードと共にご紹介します。
①Jorge Ben - Ben
ジョルジ・ベン・ジョールがまだジョルジ・ベン名義で活動していた頃の作品です。
特にブラジル全土で人気になった曲はリオのサッカーチーム、フラメンゴで大活躍していたフィオ・マラビーリャに捧げた曲「Fio Maravilha」。
これは72年の国際歌謡フェスティバルで1位に輝いています。
この曲が大ヒットした事で、フィオの友人家族の弁護士が「ジョルジ・ベンがフィオの名前を無断で使用した!」と訴えました。フィオ本人は裁判になっていることを知らなかったそうです。
結局、ジョルジベンは判決を受けませんでしたが、大好きだったフィオと裁判沙汰になったことで曲を歌いづらくなってしまいます。
そして曲名は「Filho Maravilha(素晴らしい息子)」に変更されました。
月日が経ってから、フィオの証言もあり、2人は和解。今は再び「フィオ」と歌うようになっています。
このアルバムには、のちに自身の代表曲にもなった「Taj Mahal」も収録されています。
これはご存じの方も多いと思うんですが、ロッド・スチュアートに盗作されたということで、ジョルジベン側が裁判を申し立てて勝利しています。
この頃、ジョルジはガットギターを使用していて、近年のサウンドに比べてだいぶ軽やかなスイング感が楽しめると思います。
②Novos Baianos - Acabou Chorare
このアルバムはとても興味深いエピソードがあるんです!
ノヴォス・バイアーノスはバイーア出身のグループで、1970年に1枚目のアルバムを出しましたが、あまりヒットせず。。
それでもバイーアからリオデジャネイロに引っ越し、メンバーたちは集団生活をしながら音楽制作をしていました。
そこで運命の出来事があります。
なんとジョアン・ジルベルトが彼らのアパートに現れたのです!!
ジョアンはノヴォス・バイアーノスのメンバーを大変気に入り、よく遊びに行くようになりました(ジョアンは同じバイーア出身の人に親近感をわくのかな)。
ノボスバイアーノスのメンバーも、ジョアンを通して古いブラジル音楽などを聴くようになります。
このアルバムの1曲目「Brasil Pandeiro」はアシス・ヴァレンチが1940年代にアメリカで大成功した歌手カルメン・ミランダに提供したんですけど、「なんか、あんたつまんなくなったわね」と拒否。結局、別のグループが録音することになりました。
ジョアンはこの曲を録音するようにノヴォス・バイアーノスにアドバイス。晴れて1曲目に収録され、今ではブラジルを代表する名曲となりました。
実はアルバム名になった「Acabou Chorare」も、ジョアンの提案でした。
このAcabouはポルトガル語で、Choareはスペイン語(但しスペルはllorare)。
これはジョアンがメキシコに住んでいた時に、娘のベベウを泣き止ますために「Acabou Chorare!!(泣くのは終わり)」と、ポルトガル語とスペイン語をミックスしたエピソードからきています。
なので同曲は、ギター1本弾き語りというジョアンからの強い影響を受けています。
ここまで話すと「ジョアン様様!」のアルバムのようにも聞こえてしまうんですが、当時のノヴォス・バイアーノスは共同生活をしていたので、グループとしての絆が物凄く強かったんです。
クルビ・ダ・エスキーナや、92年のエルメートグループの『Festa dos Deuses』とかもそうですが、良い音楽は良いConvivencia(共存)の中で生まれると実感できる1枚です。
ちなみに2007年のローリングストーンズ誌ブラジル版による最も素晴らしいブラジルアルバム100選を決める投票で1位に輝いています。
③Paulinho da Viola - Dança da Solidão
サンバの貴公子とも呼ばれているパウリーニョ・ダ・ヴィオラの作品。
タイトルにもなった「Dança da Solidão」は90年代に入ってからマリーザ・モンチが歌ったことでリバイバルヒットしています。
アルバムはパウリーニョの楽曲とサンバ界の重鎮たちの曲が半分ずつ収録。
「Dança da Solidão」以外にも、サンバのイベントで絶対に流れる定番ナンバーの「No pagode do vava」なども収録。
どんな曲でもブレないパウリーニョ節、まさに“サンバの貴公子”です。
ちょっと余談。
サンパウロでバンダ・マンチケイラのショーを観た時、なんと客席にパウリーニョが!!
とっても物腰柔らかい方で「日本に行けたのは良い思い出だよ。青山プラッサオンゼ、懐かしいね~」と話してくれました。
④Clube da Esquina - Clube da Esquina
2022年にポッドキャストDiscoteca Básicaが行った調査で、【最も素晴らしいブラジル音楽のアルバム】に選ばれたこちらの作品。
私も大好きです!!おそらく週に1回は聴いています。笑
ミルトン・ナシメントとロー・ボルジス名義なのですが、間違いなくクルビ・ダ・エスキーナと呼ばれるブラジルの内陸部ミナスジェライス州ベロオリゾンチの音楽仲間たちによる作品と考えてよいでしょう。
音楽フェスティバルで入賞したことをきっかけに名が知られるようになったミルトン・ナシメント。
リオに拠点を移しレコードを何枚か出した後、ミナスの仲間との作品を録音するためにローとベト・ゲジスを呼び出して、制作を始めました。
レコード会社が、無名で当時未成年のローを信用するまでに少し時間がかかったようですが、結果としてブラジル音楽史上最も重要な1枚となりました。
音楽性としてはMPBを軸に、彼らのアイドルであるビートルズや前衛的なロック、自然と耳にしていたミナスの田舎の音楽やヴィラ・ロボスのようなブラジルのクラシックの良さがギュッと詰まっています。
そして、何より歌詞が素晴らしい!!
やはり軍事政権時代だったので、それに関連する内容が多いですが、作詞を主に担当するマルシオ・ボルジス(ローの兄)とフェルナンド・ブランチの表現の美しさというのは今の時代にはなかなか見れません。
また、メンバーは演奏する楽器を固定せず曲ごとにトレードしています。まさにお互いを良く知るグループだからこそできることですね。
ジャケットは写真家のカルロス・フィーリョ(通称カフィ)がベロオリゾンチで関係者の写真を撮っていた際に、国道でこの2人の少年をみつけて撮影しました。
肌の色が違う2人の友情だけでなく、土、作物、有刺鉄線など、ブラジルを象徴する1枚です。
なんですが!
実は2000年になってこの少年(もう大人ですけど)たちが、自分たちの写真が無断で使われたとしてレコード会社と写真家、ミルトンとローを訴えました。まだ判決はついておらず、もしかすると今後このジャケットでの販売や増版ができなくなる可能性もあると言われています。
⑤Arthur Verocai - Arthur Verocai
今や世界的に有名なレコードですね。
ディスクユニオンのレコード高額買取リストで50万円という値段がついています。
アルトゥールはフェスティバルの編曲家としてキャリアをスタートして、テレビ番組でエリス・レジーナやイヴァン・リンスのアルバムのアレンジをし、裏方として活躍していました。
そのため、アルトゥールの知名度はあまり高くなく、更には当時の聴き手が求めていたサウンドと“時差”があり、レコードはヒットしませんでした(増版がなかったので、希少になっています)。
90年代の終わり頃に、ビートメーカーたちに注目されるとレコードはプレミアに。今ではイギリスのレーベルから再版されています。
ブラジル音楽をファンキーに仕上げながらも、ストリングの繊細な対旋律が美しい!!アルトゥールのセンスの良さを感じます。
彼の作品は全体的に物凄く上品。インタビューの話し方とかを見る限り、本人の性格がでているのかなと思います。
⑥Mutantes - Mutantes e Seus Cometas no País do Baurets
ムタンチスはヒタリー、アルナルド・バプチスタ、セルジオ・ジアスの3人で活動していたんですが、今回のアルバムはリミーニャとジーニョが加わった5人編成の時期のものです。
更にはデビューからアレンジやグループの方向性をうまく誘導していたホジェリオ・ドゥプラの手から完全に離れて、ちょっとグループがプログレ志向になってきた兆候を感じる作品です。
実はこの年、公私共にパートナーであったアルナルドとヒタリーの破局によって、ヒタリーはムタンチスから脱退させられてるんです。
一応、アルナルドは「バンドの方向性を考えた時、ヒタリーには楽器の才能がないから」と話していますが、真相は謎です。
そのため、ヒタリー最後のムタンチスでのアルバムということになります。
このアルバムの中で大ヒットしたのは「Balada do Louco」(狂い者のバラード)なんですけど、これを聴くと、奇抜に見えがちなムタンチスも、この頃はまだメロディ重視だったことが納得できます。
ちなみにタイトルのBauretsとはムタンチスの友人であったブラジリアン・ソウルの父チン・マイアがマリファナのたばこを呼ぶときに使っていた通称です。
⑦Erasmo Carlos - Sonhos e Memórias
ブラジルで「王」と呼ばれるのはサッカー選手のペレと歌手のホベルト・カルロスだけなんですが、そのホベルト・カルロスの共作者としてしられるエラズモ・カルロスの作品です。
ホベルト&エラズモのスタイルであったジョーベン・グアルダ(ブラジルのロック)が下火となった事もあるんですけど、エラズモはチン・マイアやジョルジ・ベンとも深い交流がありました。
そのため、ソウルやサンバ・ホッキと呼ばれるサンバとロックを融合したスタイルも上手く手掛けることができたのです。
エラズモやホベルト・カルロスはブラジルで人気にも関わらず、残念ながら日本ではあまり評価されていないません。。
ロック色強いのは抵抗が、という方は、ナラ・レオンが彼らの曲のみを収録したアルバム『... Quero Que Vá Tudo Pro Inferno』をリリースしています。ぜひ最初に聴いてみて下さい。(関係ないけど、このジャケットのナラ、めちゃくちゃ好き!)
⑧Caetano Veloso - Transa
⑨Gilberto Gil - Expresso 2222
この2枚は一緒に紹介したいと思います。
カエターノとジルといえばトロピカリアのムーブメントを起こした中心人物なんですけど、やはり軍事政権時代に軍部に目を付けられて、一度拘束され、1969年に亡命することになるんです。
それと同時にトロピカリアは自然に解散状態となるんですけど、亡命先のロンドンからブラジルに帰国してから発表されたこの2枚を聴くと、その勢いや精神は消滅してなかったんだなというのを感じます。
特にカエターノは亡命中ブラジル帰りたくて仕方なかったようです。
『Transa』は英語で歌う曲もありますが、ブラジルらしさをとても自然に取り入れています。
この作品でブラジル人的な解釈みたいなものが一気に満開になったというか、本人も一番気に入っているアルバムだと話してます。
一方で、ジルはロンドンでの生活を満喫していたそうなんです。
でもブラジルに戻ることによって、自分の故郷の音楽文化を自分の解釈で表現したいっていう気持ちが強く出ます。そこで発表されたのが『Expresso 2222』です。1曲目から、いきなり北東部で演奏されるピファノという笛の合奏が聴けます。
私的に面白いな~と思うのは「Ele e eu」(彼と僕)という曲。これジルがカエターノと自分の事を歌っているんですね。
カエターノは合理的で落ち着きがないのに対して、ジルは穏やか。2人は正反対のようですが、それが良いバランスをとっているのかもしれません。
ジャケット写真には息子のペドロ・ジル。
本当は円形のジャケットをリリースしたかったそうなのですが、印刷会社の規格外商品ということで予算オーバー。最終的に、レコードの端を広げると円形になるようにデザインされました。
⑩Elis Regina - Elis (1972)
これはエリスが大変だった頃のアルバムなんです。
軍事政権下で、エリスはヨーロッパツアーの際にポロっとこぼした反軍事政権発言のせいで軍部に目をつけられてしまいます。
エリスは息子や自身の命の危険を感じ始め、更には軍部のイベントで半分強制的に歌わされます。歌っている部分だけがニュースで放送され、国民から批難されていました。
「新しい風を吹かせたい!」ということで、プロデューサーにホベルト・メネスカルを迎えます。
そこに現れたのがセーザル・カマルゴ・マリアーノ。セーザルは優秀なピアニスト、アレンジャーです。実はエリスはプライベートでも彼に惚れ込んでしまうわけです(のちに結婚し、ペドロ・マリアーノとマリア・ヒタが産まれます)。
セーザルをアレンジャーに迎え、選曲もガラリと変えました。
ジョアン・ボスコとアルジール・ブランキ、クルビ・ダ・エスキーナ、ファギネル、ベルキオールと、当時の新人アーティストの曲をどんどん採用します。
世界的には「Água de março 」が初めて収録されたアルバムとして知られているんですが、ブラジルで人気になったのは「Casa no campo」という曲でした。当時ブラジル人は聞いて涙したと思います。
曲はざっくり書くと「田舎の家に住んで、静かに作曲したり、友達や本、レコードと平和に暮らしたい」という内容です。
若者も軍事政権で先が見えない生活をしていましたし、エリスも軍部からの圧力で身の危険を感じたり、ニュースでの報道で国民から叩かれたり、プライベートではホナルド・ボスコリとの結婚生活も破綻。
とにかく平和に静かに暮らしたいという気持ちと曲が重なったようで、このアルバムの中で最も自然な声が聴けるような気がします。
⑪Dory Caymmi - DORY CAYMMI (1972)
10枚と決めていましたが、超おすすめがあるので、もう1枚ご紹介させてください。
ドリ・カイミは、ブラジル音楽史で超重要な作曲家ドリヴァル・カイミの息子。
ドリは独特の声質の持ち主で、曲もあまり万人受けするタイプではないんですけど、ハーモニーの美しさでいったらこの人が造る曲はずば抜けています!!
これまでご紹介したレコードの感じを聴いていただくとわかるように、70年代は既にエレキギターの使用や、欧米のロックやファンクの要素を取り入れるのは当たり前になっていました。
そんな中で、ドリは50年代ごろから続くトラディショナルなアレンジの美しさを貫いています。
いやぁ~長くなってしまいました。
最後まで読んでいただきありがとうございます!!
特にクルビ・ダ・エスキーナについてはまだまだ書きたいことがあるのですが、長くなりすぎるのでまた別の機会にしたいと思います。
ちなみに、最近はブラジルでもレコードの再流行や、海外からのプロのバイヤーさん買い付けなどで、価格高騰中。この10枚はなかなか手に入りません。ただし、再版されたものは手に入ります。
今回の企画は、実はYoutubeとポッドキャストにもなっています。
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