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あなたはそこに

あなたはそこにいた 
退屈そうに右手に煙草 左手に白ワインのグラス
部屋には三百人もの人がいたというのに
地球には五十億もの人がいるというのに
そこにあなたがいた ただひとり
その日その瞬間 私の目の前に

あなたの名前を知り あなたの仕事を知り
やがてふろふき大根が好きなことを知り
二次方程式が解けないことを知り
私はあなたに恋し あなたはそれを笑い飛ばし
いっしょにカラオケを歌いにいき
そうして私たちは友達になった

あなたは私に愚痴をこぼしてくれた
私の自慢話を聞いてくれた 日々は過ぎ
あなたは私の娘の誕生日にオルゴールを送ってくれ
私はあなたの夫のキープしたウィスキーを飲み
私の妻はいつもあなたにやきもちをやき
私たちは友達だった

ほんとうに出会った者に別れはこない
あなたはまだそこにいる
目をみはり私をみつめ 繰り返し私に語りかける
あなたとの思い出が私を生かす
早すぎたあなたの死すら私を生かす
初めてあなたを見た日からこんなに時が過ぎた今も

谷川俊太郎


定期的に思い出しては口ずさみたくなる詩。

国語は得意だったけど、活字が苦手で文学の知識は皆無。

谷川俊太郎さんは、さすがに国語の教科書にもたくさん登場したので、名前はわかるけど、なんかよくわからん詩ばっかな印象。

というか詩自体、よくわからん感じが多分いいんだろうな、と適当な感想しか持たなかった。

でも、その分解釈が無数な気がして、不正解がないから詩は嫌いじゃない。


…と、ぼんやりした印象しかなかった「詩」というものが、

なんでこんなに、切なくてドラマチックで普通で素敵なんだろう、と

語彙力がなさすぎて、↑の感覚は正直言葉にするとちょっとズレを感じるんだけども、

とにかく、なんてかっこよくて、いい詩なんだろう、と毎回思う。

こんなに読み返しても、まだ思う。飽きることがない。本当のお気に入り。


ほんとうに出会った者に別れはこない

そうなんだろうな、きっと。


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