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【社員インタビューvol.2】お客さんが体験するコンテンツを作る覚悟とは

ご無沙汰しています。リエカレーです。
最近、英語を勉強し直しています。もちろんカレーにまつわる洋書をスラスラ読めるようになるためです。高校の頃はあんなに勉強していたのに、文法や単語がすっかり抜け落ちていて落胆してしまいました・・。

さて、今回インタビューするのは英語も堪能に使いこなすプロデューサー、北井さん。
最近弊社でも制作することの多い、体験系コンテンツのプロデューサーをしている方です。どうやったら英語も仕事もそんな風にできるようになるんでしょうか?テルミー!

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北井貴之
1978年生まれ。京都府出身。
日本、オーストラリアでゲーム会社の就業を経てAID-DCC入社。体験系コンテンツを主に取り扱う。趣味は家の環境を徐々に拡充すること。

ーー本日はよろしくお願いいたします。
お願いします。

ーー北井さんはそもそもどういう経緯でプロデューサーになったのでしょうか?
某テーマパークの仕事がシリーズものだったんですが、1,2,3,4とあって2まではビジュアル面のディレクターをしていたんすね。3から全体を指揮するディレクターになって4からはお金も見るようになったんです。
本来広告業で言うと、プロデューサーとディレクターの境目は明白だと思うんですけど、テーマパークの仕事は中身がどんなものなのか伝えられないといけないし、お金のことも中身が伴った上で説明しないといけない。それをできるのは自分だと言うことがシリーズを重ねていくうちにどんどん明確になっていったんです。すでにプロデューサーはいたんですが、その人が辞めたことをきっかけに、代わりに自分がプロデューサーも兼ねた立場になって。それからお金を見たり、案件を回したり、新規の相談窓口のような立ち回りをしています。
自分の性格上、営業職のような、仕事をとってきてパスする仕事には興味がなかった。誰かがとってきた仕事をすることももちろん楽しかったんですけど、仕事で自分を指名してくれてその案件を完遂することにやりがいを感じたんですよ。いいとこ取りしたいので、楽しいことや美味しいことはなんでもやりたい、という思いから今に至りますね。

ーー元々北井さんはモーションデザイナーだったかと思いますが、その職よりも今のプロデューサーの方が楽しいですか?
CGをはじめにいろいろとここで作らせてもらったんですが、技術を伴うところって上には上がいるってすぐわかるんです。その表現が自分には出来ない時、それをできる方に頼めば、頭に思い描いていることが実現できるとわかってお願いする側に回ろうと思ったのがそもそもです。プロジェクトが大きくなれば制作する規模も大きくなってくる。その中のひとりというよりも、全体を見させてもらいながらひとつのゴールに向かって作る方が楽しいなと思いました。

ーーそれが2015年くらいでしたっけ?
2015〜2016年にかけての話ですね。

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ーーそれからはずっとプロデューサーとして働いてらっしゃるんですよね。
テーマパークを担当していたので、体験系のコンテンツはまず僕に渡す、という流れができたんすよ。

ーー体験系と言えば北井さん、という流れになったのはすごいですね。
そもそもまだ誰も登ってない山を登ろうという思いがあって。最初この会社に入ったときはWEB全盛期で、みんながその分野に関してハイレベルだった。だからこの山は絶対にないなと思ったんです。
テーマパークに関わってから、この分野は絶対に伸びると感じて。直にお客さんを相手にするって本当にシビアで、「金返せ」って言われたりとかもありました。それだけ時間とお金を預かってるとわかったとき、見返りを作らなきゃいけないというプレッシャーがあって。それは今回の経験をするまで重く感じていなかったんです。クライアントがお客さん相手のそのものだったので。もちろんテーマパークのクライアントもお客さんなんだけど(笑)、これは直に体験する人がゴール。そう言った意味ですごく良い経験をさせてもらえたと思ってるんです。周りは言ってないですがこれしかやらないくらいの気持ちで腹くくってます。

ーーAIDに入る以前はゲーム会社で働いていたんですよね?
そう。CGアーティストみたいな名前でやってたんすよ。
当時オーストラリアのゲーム会社で働いてたんですけど、VFXのスタジオを見る機会があって。そこで映像っていいなあと感じて、日本に帰国し映像クリエイターを目指しました。CINEMA4Dや3Dソフトを闇雲に覚えたら、表現するということに喜びを覚えたんです。AIDに入った後もその分野専門というわけでは無いですが、その辺りで仕事をし始めました。

ーーそもそもどうしてオーストラリアで働こうと思ったんですか?
当時日本のゲーム会社で働いていた時にCGワールドという雑誌を購読してたんです。皆はそこに掲載されている最新のCG技術やゲームの裏側が書かれた記事を見ていたんですが、僕は一目散に後ろの方にある「西海岸で活躍する日本人たち」というコーナーをみていました。例えば、ずっと銀行員だったのに35歳で脱サラしてCGを覚え、単身でピクサーに挑み今はモンスターズインクのキャラクター作ってます・・とかそんな人が書かれてた。王道のキャリアじゃないのに独学で覚えて挑む・・類のストーリーが多くて、僕は「西海岸で働く日本人たち」に毎月魅了されていたんです。
おそらく25か26歳くらいの時かな。当時アメリカに本社があるオーストラリアの会社と仕事をしていたんですね。DSのゲームをちょうど作ってて、その会社のディレクターとも話すようになって。「西海岸で活躍する・・・」をみていたのでアメリカがいいなと思ってたけど、オーストラリアならワーホリっていうビザを使うこともできるな・・・と思い始めたんです。そこからオーストラリアに目が向き出し、最後の一年は仕事と並行しつつストイックにオーストラリアの準備を進めました。
当時タバコを吸ってたんですけど、オーストラリアでは1200円くらいすると知っていたので禁煙をしたり、カフェで英会話を学習したり・・。とにかく一年間かけて準備しました。

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ーーストイックですね・・!
オーストラリアに行く4ヶ月前に、正社員になってくれへんかって言われたんですよ。当時ゲーム会社は契約社員が基本だったんでね。「大変ありがたいお声がけなんですけど、オーストラリアに行く予定です」と辞める意向を伝えてめちゃくちゃ落胆されてしまった(笑)最終的には送り出してくれたけどね。その後に親にも初めてその話をしたな。

ーーそのタイミングでですか!親御さんの反対はなかったんですか?
もうお前には呆れると言ってたけど、決めてしまったら何も言えないしね。行けばなんとかなるみたいな性格だったもんで。

ーーオーストラリアは何年くらいいたんですか?
2年半くらいかな。

ーー結構いらっしゃったんですね。それくらい滞在していたら喋れるようになりましたか?
喋れるって言っても言語って限度がないからなあ。コミュニケーションは取れるけどね。mtgに参加するとき、横に電子辞書を置きながらブリーフィングシートをみてわからない単語に印をつけるところから始まるんすよ。だから遅れをとってしまう。でもよくしてくれる同僚がフォローしてくれたのでなんとか食らいついてましたね。
帰ってきてからの方がコミュニケーションをとることが楽しくなったんで、使う場を意識的に増やしていったのは日本に帰ってからの方が多かったかもしれないすね。

ーー長くゲームの世界に身を投じていたと思うんですけど、それが今でも生きてるなって思うことはありますか?
めちゃありますよ!体験系のゲームとかゲームロジックに紐付いていたりするしね。 そのロジックに基づいて初めてそれが正しかったと気付くし。 そういった意図したことに(お客さんが)反応してくれたらもうめちゃくちゃ嬉しい。

ーーオーストラリアに行った後エイドに入社されたと思うんですけど 、エイドにジョインした理由を教えてください。
広告にも興味が出た際に京都広告塾というのに行っていて。そういったところって、名だたるCDの人に会ったりするじゃないですか。その時にエイドがやってるような業界のことにも興味が向くようになったんです。電通関西が主宰していたインタラ塾っていう3社ぐらい集まったイベントにエイドも出ていたんですが、その時のエイドのプレゼンがすごい尖ってたんですよ。他社はワークスを紹介するだけだったのに、エイドは携帯をつなげて一つの動画が完成するという動画だけを見せていて、そんな見せ方ができる会社って素敵だなと感じたんすね。 そこから程なくしてエントリーしました。

ーー2011年入社とのことなので、随分いらっしゃいますよね。
もう9年いますよ。

ーーこの時代に10年近く同じ会社に居続けているってすごいことじゃないですか?
終身雇用の時代じゃないからな(笑)
まあそれだけいろんなことさせてもらってるってことですね。形にしたいと思ったことを実現させてくれる会社だからめちゃくちゃありがたい。そんな会社他にないんじゃないかな。もちろん大変なこともあったけどね・・・ヘルペスできるくらい。

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ーーええ!
某テーマパークを担当していた時分にちょうど自分の家を買おうと決断して。 奥さんも妊娠中でサポートが必要&案件もシリーズ一作目の時だったので銀行にローンを断られる・・・散々でしたね。
ヘルペスって首を一周すると危ないと言われてるんですけど、その半分ぐらいまできてしまったんです。 流石にまずいと思って点滴を打ちにいきましたね。ヘルペスが治ったと思ったら無呼吸症候群になって、健康診断を受けると不整脈が出たんすよ。そんなことが度重なった、後にも先にも一番苦しかった時でした。

ーー比較的健康そうなイメージがあったので意外でした。
体と心は乖離しているんだなと改めて感じた瞬間でしたね。

ーーエイドに入社した際どんな印象をいだきましたか?
ものづくりに対するプライドが半端ないと思った。まだこだわる?っていうところまでこだわるから、この人たちの基準は全然違うんだなと感じました。予算がいくらあるからこう、ではなく自分たちがアウトプットするものとしてこれくらいは必要と考えていましたね。

ーーそれを強く感じた案件とかあったりしますか?
さわれる検索とかトレンドコースターとかかな。世にリリースするもののクオリティを考えはじめたのはそこからですかね。

ーー今エイドで取り組んでいる仕事を改めて聞かせてください。
自社プロジェクトがメインです。入り口から出口までの諸々を自社でフォローした体験型コンテンツの制作を進めています。今まで培ってきたものの集大成ですね。もちろん僕だけの力でできるわけじゃないので、今入ってきている新しい人たちの力も借りながら進めていってます。

ーー仕事で心掛けていることは?
自分に嘘ついたらあかんなと思ってます。自分が任されている以上自分で決めないといけないけど、周りの意見を聞いているうちにフワッとしてしまうことがあるじゃないですか。そういった状態は無いようにしなければならない。周りの意見に流されているときは絶対にうまくいかないんで。こう進めよう、と軸がブレないようにしないと結果軸がなくなってしまう。今関わっている案件でも、アイデアを出したり潰したりを繰り返していますが、最終的なゴールを見据えてなければならないですね。
あとは、やることゴールにならないようにすること。本当はこんなアウトプットをしたかったけど、予算の都合とかクライアントの都合で実現できない、ということは起こりうる。そうなった際、目指していたゴールとは離れてしまいやることゴールになってしまいがちなんです。いわば目的と手段が入れ替わってしまってるんですよね。ゴールと目的が乖離してしまっているのは、時間とお金の無駄。もしその乖離に気づいたら、ゴールに沿っていてなおかつ予算に収まるアイデアを考える必要がある。手段の方がやりたいことになって、ゴールとは程遠いものになってしまいそうになったら、体験型で培った「お客さん目線」を取り入れて間違った方向に行かないようにしています。

ーー自分が体験して楽しくないものだったらいやですもんね。
もしこれが2000円のチケットがいるものだとしたら・・と考える。そもそもそこれだけの時間とお金がかける意味があるのか、とか。
これらは全部紐づいていて、お客さんの目線に立ったらやることゴールにはならず、ちゃんとゴールを見据えることができるんです。

ーー最後に一言お願いします。
楽しい職場です!

求人広告のような締めくくりでしたが、とても身になるお話が多かったですね。

そんな北井さんが制作したインスタレーションが、来月横浜にてお披露目です。リエカレーも制作しているのですが、超かっこいいので早く宣伝したいところ・・・!また制作秘話についても綴ろうと思っていますので楽しみにしていてください。

ではまた〜!

撮影:西山 将平


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