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推しの美容師

引っ越すたび、自分に合った美容院を探してさまよう。何軒も渡り歩いては、また変える。

わたしは美容院で自分のことをあまり話さない。ちょうどいい力加減で話すことができなくて、美容師さん相手に全力のサービストークを繰り広げ、家に帰ると疲れ果ててしまうからだ。それで、いい感じの距離感で接してくれる美容師さんが好きだ。
クチコミや写真を見れば、店舗の雰囲気や技術力についてはなんとなくわかるけど、美容師さんとの相性は、会ってみないとわからない。

ここしばらく、好きで指名していた美容師さんがいた。サバサバ、テキパキとしていて、それでいて無愛想ではない。カットもカラーも上手で、特にカラーの色持ちが抜群にいい。

「髪が乾いてるかどうか確認するには、ドライヤーを冷風にして髪に当ててみるといいですよ」とか、「カラーに行く時間が取れない時は、髪の分け目をセンターから少しずらすと伸びた黒い部分がうまく誤魔化せますよ」とか、私の生活に合ったアドバイスを、必要なタイミングでそっと伝えてくれる人だった。

その美容師さんに、4月で美容師を辞めると言われた。家族や友人と過ごす時間を大事にしたいから、地元に戻って普通の仕事をしようと思っている、と。彼女は24歳。いくらだってチャレンジできる。

失恋した気分だった。

「美容師は一生できる仕事だから」「あなたならどんな場所でもうまくいくよ」などと励ましたものの、内心ショックで打ちひしがれていた。

そういえば、春は別れの季節だった。
38歳はまだ若いけど、別れる人といつか再会できると無垢に信じられるほどには若くない。
さよならだけが人生だ。

「わたしは美容師の卵だから、色々な店舗に足を運ぶことはきっといい勉強になるのだ」とむなしく自分に言い聞かせながら、また美容院探しの旅がはじまる。

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