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「創発」現象と複雑系科学の立ち位置

デカルトの科学機械論やニュートンの自然の数学的記述の伝統は、現在も根強く科学の世界をおおって浸透している。天動説を覆したとされる地動説も、現在では天も地も動いているだけでなく天の動きのほうが地の動きよりもはるかに高速であることが明らかになっても、地動説のみが真実であるかのような錯覚から完全に抜け出ることができないのが現代人の先進的科学認識の脆弱性や限界をあらわにしている。不思議なことに機械論的還元主義や数式(数学的表現法)万能観は、現在もまったく無反省、無邪気にそして絶望的に信奉者や実践者を生産し続けている。

このような思い込みや錯覚による根拠薄弱な世界像がつくりだす肥大な科学通念に警鐘を鳴らしたエルンスト・マッハのような傑出した科学者は、科学者ではアインシュタインに大きな影響(相対性理論の着想と確立)を与えたくらいで、むしろ人文社会科学者や政治家に、後代おおきな影響をあたえたことはよく知られている。マッハに影響を受けた者のなかには若い詩人や文学者、自然科学や人文社会学の学者の卵たちも多く含まれ、ヌーディスト(裸体)生活やフリーセックスにも関心を示して無政府主義者や自然主義者たちの特異な若者集団(アスコナ・コロニー)と連帯していた。ポール・ヴァレリー、ヘルマン・ヘッセ、ハンス・ケルゼン、マックス・ウェーバー、ジグモンド・フロイト、ニーチェなどその後の文化思想史の画期を創出した傑出人はこのような時代価値に嫌悪でなく親近の情を抱き、むしろ共有し創作の糧にしていたのである。
 機械論的で静的な古典主義的世界観に行き詰まりを覚え、躍動的で神秘主義的な母性的生命観に共感したようだ。古典文献学者ニーチェのように精密な古典解読を通して養った広範な学問的教養を土台にして、神秘的「自己回帰」体験を通してまったく新しい哲学思想を創出し、おそらくそれに深く関係する、若いころの性的開放気運から性病に罹患し後年脳精神障害を併発した劇的生涯は、思想哲学の「創発」現象の具体的典型例を示していると思われる。

半世紀を経て、ベトナム戦争と時を前後して、反社会的な若者はヒッピー集団を形成し、大人たちの作った社会秩序(政治や教育)に反抗した。社会現実からの逃避行動か、科学フィクション小説や疑似科学も流行しさかんになる。タイムマシーン、多次元世界、ホロン、ホーリズム、自己組織化、ガイア、オートポイエシス、アフォーダンス、トランスパーソナル心理学などのさまざまな分野にまたがり疑似科学色をもった個別的標榜を独自に掲げながら、それらはニューエイジサイエンスと揶揄をもって総称されていた。その根底には、半世紀前の潮流の回帰的現象としての共通な躍動的で神秘主義的な母性的生命観が顔を覗かせているようにみえる。そのうちいくつかは、現在も大学などのアカデミアが専門とする先端的学問分野に定着したものもある。理論物理学のいくつかの分野や複雑系科学とよぼれるのがそれに相当するだろう。
 そのおおまかな動向は、数十年の周期をもって回帰するような機械論的還元主義と躍動的生命主義のあいだを往復する振動運動のようにみえる。
 このような回帰的振動運動の副産物は、古くはゲシュタルト心理学、精神分析学、論理実証学、現象学、実定法学、相対性理論、最近では、カオス理論などの複雑系科学などいくつもその例をあげることができるだろう。

昨今の機械学習や深層学習などの合言葉で機械論的アルゴリズムを武器にビッグデータと呼ばれる雑多な情報もどきの山をもとでに自作自演の問題設定とその暫定解決によって独占的データを経済的利益にむすびつけるエンジニアリングサイエンスであるデータサイエンスとよばれているしろものはその揺れ戻しのようにみえる。

機械論的還元主義的手法を駆使し手順をマニュアル化することでますます利潤を効率化するという加速度的方向性が未曽有の成功をおさめ、だれもかれもがそれを模倣し金儲けに直結させようとして血眼になっているのが現代の世界経済社会情勢であるようにみえる。米国テック企業群はそれを商業的に大成功させ巨額の利益を生み出し、世界中でそのおこぼれに預かろうとさまざまな新参企業がその模倣に余念がない。産業界だけでなく教育現場(初等教育から高等教育まで)もその追随路線を歩んでいるようだ。ビッグデータ、データサイエンス、起業、金融投資、コンサルタント、外資系企業、高報酬、メタバースなどの合言葉がもてはやされ、大きな一方向の方向性が提示され、みんながそれにすがりついているようにみえる。
 しかし、また同時に少数のひとが感じているようにそれは永続するものではなく早晩限界を迎えるだろうという行き詰まり感も持たざるをえないだろう。それにとどまらず得体のしれない不気味さや危険性をも感じざるを得ない。その弊害は、学問学説上の問題だけにとどまらず、社会経済の仕組みと一体化して、われわれの日々の生活に直接的に影響する可能性が高いからだ。時代の閉塞感がおおきくならざるをえない。
 さらなる新たな揺れ返しのうねりが到来する予感がするのである。

話は続く。

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