見出し画像

【小説】烏有へお還り 第27話

   第27話

 12月6日 雪

 初めて「死にたい」と願ったのは、小学一年生の時だった。学校の帰りに、当時住んでいた集合住宅の五階から下を見下ろした。

 住んでいたのはもっと下の階なのに、わざわざ最上の五階まで上った。それをすれば「自殺」になることも知っていた。


 死んで楽になりたい。死にたい。



 どうしてあの時、飛び降りておかなかったのか。

 小学一年生が五階から転落すれば、きっと「事故」として片付けられた。

 傷つけてしまう人も、もっと少なくて済んだ。

 生き長らえるほど、死ぬのが難しくなる。



 ちゃんとひと思いにやれるのか。

 もし怖くなって、中途半端に自分を傷つけるだけで終わったら、きっとその後の人生は今よりも地獄になる。



 怖くて踏み出せない。



 ほらね。どうしてあの時、飛び降りておかなかったのか。



 自殺は悪いこと。
 その考えが、ずっとわたしを押し留めていた。
 でも気づいた。



 わたしは「死にたい」んじゃない。



「生まれてきたくなかった」んだ。




 母がわたしを生まないでくれたらよかった。

 そうすれば、わたしはこんな苦しみを味わわずに済んだ。




 捨てるんじゃない。






 いらなかっただけ。




 だからもう怖くない。




 鴨居にロープを渡して首をかけようと思ったら、予想以上に身体が弱っていてできなかった。

 けれども、洗面所に剃刀があることを思い出した。





 よかった、やっと終われる。




 ──これ以上の不幸を呼び込んではいけない。負の連鎖は断ち切らなければいけない。




 吉川さん、ありがとう。





この記事が参加している募集

#創作大賞2024

書いてみる

締切:

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?