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【短編小説】捨て猫リカ 第3話

   第3話

「すみませんでした」

 脱衣所を出た彼女が、扉の陰に隠れながら恥ずかしそうにしていた。わたしのロングTシャツをまるでワンピースのように着ている。ボトムスはどれも彼女にぶかぶかすぎて、こうするしかなかったのだ。

 仕方なく、下着は菜摘のものの中から新しいものを選んで渡した。さすがに小さすぎるかと心配したが、どうやら大丈夫そうだ。

 顔を洗ったのか、前髪とサイドの髪がしっとりと濡れ、まるでさっきよりもさらに一回り小さくなったように見えた。まるで、濡れぼそった捨て猫みたいだ。

「理加さん、どうぞ。紅茶が入ったから」
 名前だけは来る途中の車内で聞いていた。ダイニングテーブル越しに声をかけると、彼女はまったく物怖じする様子もなくちょこんと席についた。人懐っこい小動物のようで可愛い。

「どうぞ座ってね。お菓子も召し上がれ」
「ありがとうございます」

 理加の前に、クッキーをのせたお皿をぐいと押し出した。お腹いっぱい食べさせて、この身体に肉をつけたい。
 体つきからして、小鳥ほどの食欲しかないのかと思ったが、予想に反してよく食べた。

「どうして、あんなことしたの?」
 理加が皿に伸ばしかけた手を留める。せっかくの食欲を邪魔して申し訳ないが、スルーはできない。

「さっき、万引きしたよね。あのお店で」
 わたしの問いに、理加は素直にうなずいた。

「ああいうこと、よくやるの?」
「いえ、これが初めてです……」

 それにしては慣れた手つきだった。彼女のわずかな表情も見逃すまいと、目を逸らさずぐいと身を乗り出した。

「本当に?」
「……はい」

 しゅんと小さくなった様子は、嘘をついているようには見えない。けれども、それさえも演技かもしれない。真偽を見極めることはできなかった。

「どうして万引きなんてしたの? お小遣いが足りなかったの? どうしても欲しいものがあったの?」
 矢継ぎ早の問いに、理加はじっと唇を噛みしめた。辛抱強く待つつもりで、わたしは自分の紅茶のカップに手を伸ばした。

「信じてくれますか……?」

 ふいに理加が小さな声で呟いた。

「信じるって、なにを?」

 それには答えないまま、理加は上目遣いでこちらをじっと見つめる。それを見ているうちに、ふと思い浮かぶことがあった。

「誰かに……命令されたの?」
 理加がそっとうなずいた。眼のふちが赤い。

「誰なの?」
 小さく鼻を鳴らし、かぶりを振る。言えない、ということらしい。

「クラスの子?」
 重ねて尋ねたわたしに、理加はびくりと身体を震わせる。それは正解であることを示していた。

「──ごめんなさい」
 涙声で言い、肩を震わせる。わたしは立ち上がり、テーブルを回ると彼女の背に手を当てた。

 なんてことだろう。こんな小さな身体で集団のいじめに遭ったりしたら、ひとたまりもない。

「悪いのはあなたじゃないわ」
 あふれる怒りを抑えて優しく言うと、彼女はますます泣き出してしまった。

「いえ、あたしが悪いんです。うまくクラスに溶け込めないし、まわりを苛つかせちゃうし」
「そんなの、いじめていいなんて理由にはならない!」

 思わず叫んだ。細い肩をつかむ。鼓舞するように手にそっと力を込めた。

「いじめられる方が悪いだなんて、そんな理屈はないわ。相手が悪いの。まして、万引きしてこいって命令するだなんて、いじめを通り越して犯罪じゃないの!」

 言っているうちに腹が立ってきて、思わずテーブルを叩いた。理加が飛び上がる。

「ごめんなさい、あなたに怒ってるんじゃないのよ」
 慌てて彼女の背中をさすった。

「担任の先生に相談した? それからご両親には?」
 うつむいたまま首を振る。思った通りだ。

「ダメよ。あなたがそうやって誰にも言えないことが、相手にとって思うつぼなんだから」
「でも、話しても無駄だと思うんです。担任の先生は五十過ぎのおじさんで、あたしたちに感心がないみたい。授業中もぼーっとしてて、みんなが騒いでるのに注意しないし」

 ため息をついた。確かにそれは、頼りになりそうにない。

「それなら担任じゃなくてもいいから、誰か信頼できる先生はいないの? ご両親から学校に言ってもらうとか」
「両親はいないんです」

 理加が言った。熱くなった頭に冷水を浴びせられたようで、思わず言葉を失う。

「あたしが小さい頃、両親とも事故で他界したんです。今は、伯父夫婦のところで面倒をみてもらってるんですけれど、そんなこと相談できないです──あたし、邪魔者だし」

 その口調からひらめいた。膝を折り、彼女の顔が見えるようにかがみこむ。

「冷たくされてるの?」
「いえ、そんなことないです」

 早すぎる否定だった。わたしは彼女の枯れ枝のような腕に視線を落とす。

「ひょっとして……ご飯、ちゃんと食べさせてもらえないの?」
 理加がぱっと顔を赤くした。わたしはため息を抑えた。言葉が出ない。

「なにをしてあげられるかな、わたしに……」
 独り言のように呟くと、理加が慌てたように両手を振る。

「大丈夫です。心配して下さってありがとうございます」
 顔を上げ、目元をほころばせる。まるで今にも壊れそうに見えて、胸が痛んだ。

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