インターネットで文章を書くということ

私は長い間、インターネットで文章を書いてきた。努力も継続もしていなかったけど、なぜかやめなかったことの一つである。
せっかくなので、このGWの早朝に(きっと書き上げる頃には早朝は終わるのだろうけど)、思い出に浸りながらつらつらと書いてみる。

初めてのブログ

私が初めてインターネットで文章を書いたのは小学生の頃、プラットフォームはブログだった。趣味でしていたインラインスケートで出会った大人の友人(と言ってもいいのだろうか。この人をFさんとする)がブログをしていたので、真似をして始めてみた。
書いていたのは学校の出来事やインラインスケートのこと。中身なんてものはなく、毎日の記録をただ書くといったものだった。

Fさんはエッセイ的文章を書くのが上手で、他にも周りにブログを書いている人はそれなりにいたが、ぶっちぎりで文章がおもしろかった。

それに憧れて、読んでおもしろいブログを書きたいと思ったので、書く文章は当然寄っていった。と思っていたのは自分ばかりで、いつだったか読み返したときに「テンションがキッズすぎてやばい」と思った覚えがある。
当時使っていたブログサービスが買収されることになり、移行先がなんとなく使いにくかったので確か移行しなかった気がする。なので、当時のブログは残っていないけど、今思うとアーカイブに残しておいたら相当おもしろかったなと思う。

(追記)
データ残ってた……。過去の自分が移行だけしていたみたいです。そして、始めたのは小4のときでした。文も内容も本当にひどかったけど、まあ、うん、おもしろかった。

二度目のブログ

その後しばらくは何も書いていなかったが、何を思ったのか中2の頃に別のブログサービスを使って再開していた。
「日常が潤ってるんで、何か吐き場が欲しいなーとか。」らしい。

前略プロフィールなどが流行っていて文章を書きたいとは思ったものの、ああいう文体やノリは合わなかったので、普通のブログにしたんだと思う。
気まぐれに不定期更新をしていた。

インラインスケートはずっと続けていて、県外の人と交流することがそれなりに多かったので、イベントの記録を共有するという意味もあった。実際、ブログを読んでくれる人はそれなりにいて、どんなことをしているかなども書いていたので、遠征に行ったときには話題にできた。

でも、それもだんだん頻度が下がっていったので、高校卒業を期に更新はやめた。実際、交流は次第にツイッターに移行していたので時流だったのかもしれない。
(このブログは今もネットの海に残っている。別に隠してはいないので、検索したら出てくるんじゃないかな)

そんな感じでやっていたブログは、「自分らしさ」のためにフランクな書き方をしようとしていた。結果、ほぼ口語の方言丸出しスタイル。テンションは高め。
そして、日常の延長線にあるものだったので、明るいことしか書いていなかった。真面目なことを書いてもきっとおもしろくないし、私に求められているのはそれではないなーと思ったので。

そして今

ツイッターの140字の気楽さに慣れたので、もう改まって文章を書くことはないかなと思っていたのですが、なぜか戻ってきてしまいました。

結局私は自分語りが好きで、でも真面目だと思われたくなくて、それを日常アカウントで垂れ流すのには抵抗があったのでしょう。

ブログにしなかったのは、「ブログという単位ではなく記事という単位でコンテンツにする」ためです。
私自身はコンテンツになりえないし、したくない。
ただ、この思考を削ったものを形にできればいいかなという考えが根底にある。そして、こういったことをアウトプットするには、きっとnoteの性質が向いているのだろうと思った。

ある程度大人になって信念のようなものは固まったし、山梨で夜な夜な真面目に過去や未来について語ったのは楽しかった。
そして、私が生きる上で意識していることは意外と他の人とは違っていて、それを言語化するのはとても大切なことのように思われた。

とはいえ、やっぱりくだらないことも書きたくなってしまうので、それはそれで書いているわけです。
真面目と不真面目の比率がおかしい気もするけど、中々自分の意識ってきちんとまとまってくれない。切れ端だけの下書きだけが溜まっていく……。

自分が人の文章を読むのが好きなので、できるだけ過去の自分の文章も残しておきたい。なので、黒歴史も込みで今の自分を晒しておこうと思う。

そんなわけで、私の生々しい真面目な思考と不真面目な成分が玉石混交で投げ込まれているのがこのアカウントなのです。

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