飼い猫が、家を出て行った(はじまり)

母が救急入院してから、ちょうど1カ月目の日、実家の飼い猫(母親がとても可愛がっていた)が家を出て行った。

「チャミーがいない」

父から連絡があった時、私は、

「ああ、とうとう出て行ってしまった」

と思った。

猫の名前はチャミー。

我が家で3代目のチャミーだ。

1代目は、弟が道で捨てられていたのを拾ってきた女の子。

2代目は、近所の人が拾い、うちに連れてきた女の子。

件のチャミーは、母の友人から譲り受けた男の子だ。

チャミーには共通点があって、1代目は頭とシッポの毛には色が付いているという違いはあるものの、3匹とも白い猫ということだ。2代目と3代目は本当に頭からシッポの先まで真っ白。縁があってうちにやってきたのだと思う。

3代目チャミーが、他のチャミーと違うところは、とても怖がりで、なかなか人に懐かないということ。
母以外には、全く心を開くことなく、私と夫が実家に遊びに行っても、必ず隠れて出てこない。うちの夫に至っては、むりやり触ろうとして、何度も「シャー!!」と攻撃を受けていた。

それでも、母の介護で私が実家で生活するようになると、母の近くでなら撫でさせてくれるようになり、やがてはナオナオと懐くようになってきたが、父には最後まで懐かなかった。

母がいなくなったら、父と二人(いや、一人と一匹)で無事に過ごせるのか、というのがみなの共通の心配事だった。

それでも、母が入院してからは、ようやく父にも心を開いてきたような兆しが見えていた矢先・・・

事件は起こったのである。

チャミーは、どうも夜中に引戸のある玄関から出て行ったようだ。

父の話によると、寝る前は皿いっぱいにしていた餌は全て食べられており、台所には、チャミーが狩りしたと思われるヤモリが2匹転がっていたという。

これから始まる旅に対して腹を満たし、まるで「今までお世話になりました」とでも言うかのように、ヤモリを残して行ったのだ。

これは計画的な犯行に違いない。

ちなみにチャミーは、これまで家の外に出たことは一度もないし、出ようともしなかった。怖がりなのだ。

そのチャミーが出ていくというのは、相当な覚悟のはず。

私には、意を決して、引戸に飛びつき、空いた隙間から、出ていくチャミーの、さながら武士のような後ろ姿が目に浮かんだ。さらば…背中は語っていた。

チャミーが出ていって困ること、その一番は、母が悲しむことだ。チャミーに会いたい一心で、自宅退院に向けてリハビリに励んでいる。なのに、そのチャミーがいないとなると、「もう家に帰らない」というのではないか… 

とにかく母にこのことが知れてはならない。

その思いで、みなの気持ちは一様に沈んだ。

そして、この件に関して、それとは別に私には更に気持ちが重くなる要素があった。

「とうとう出て行ってしまった」と思った、その理由である。

私は以前から、母とチャミーを重ねて見ていた。

チャミーは父のせいで出て行ったのではないか(母は父のせいで病気になったのではないか)、という気持ちが湧いてきて、日を追うごとに心が重くなっていった。

それは自分の偏った見方かも知れないという気持ちと裏腹に、一度浮かんでしまった考えはどうにも消すことはできず。

チャミーが帰らない日が続くことで、その気持ちが更に募り、私はどうすれば良いかわからなかった。

再びチャミーの顔を見る日までは。

拙文『飼い猫が、家を出ていった(考察)』へつづく。




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