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オタク面接官と、インターン生『創作大賞2023|漫画原作』第一話

あらすじ

高橋恵子、32歳。独身。
仕事:人事部採用担当。
しかし、それは世を偲ぶ仮の姿。
その正体は………生粋のアイドルオタク!!!

大手進学塾の人事部採用チームのエースとしてのパブリックイメージを守るため、スーツに黒のひっつめ髪で、職場では真面目の皮を被って生きてきた恵子。
しかし、企業説明会の帰り道、ひょんなことからイマドキ大学生に推しのアクスタを持ち歩いてるのを知られてしまった。しかも彼は、新しく採用したインターン生だった!

お仕事×推し事!時々恋愛!(?)
果たして恵子に平穏なオタクライフは戻ってくるのか?!

登場人物

・主人公
高橋恵子:32歳。応募者対応からクロージングまで、何でもござれの人事部採用チームのエース。その正体はアイドルオタク。人事としての威厳を保つため、会社では真面目を演じているが、心の中はいつでもオタク全開でなぜかエセ関西弁。推しであるミッシーの影響で非常に多趣味。

・インターン生
神山蓮二:25歳。第一志望の大学に受からず2浪、ワーキングホリデー参加のため1年休学しており、年齢の割に大学3年生。絶賛モラトリアム中で、前述の経歴から自分に自信が持てずにいるイマドキの子。ひょんなことから恵子がオタクであることを知ってしまう。

・モリシゲスクール
中谷明日美:28歳。華やかな容姿に明るい笑顔の人事部の後輩。前職はアパレルで恵子が採用した。ひとたび会社説明会を開けば、中谷目当てで応募してくる学生も多い。本性は極度の面倒くさがり屋。堅物(を演じている)な恵子ともっと打ち解けたいと思っている。

森繁松造:大手進学塾・モリシゲスクールを一代で築き上げた代表取締役社長。恵子の人事としての手腕を買っている。

・推し
三島徹平:アイドルグループ、STAR LIGHTのメンバーで恵子の推し。相性はミッシー。恵子の全ての活力のもと。本業のアイドル活動意外にも、バラエティ番組から舞台まで、仕事の種類は多岐にわたっている。

第一話 あまりに綺麗だったから

 「……という観点から、弊社では来春入社の講師を大募集しております!少しでも気になった方は、本日お配りした資料の3枚目に記載しているQRコードから……」

 中谷の説明に合わせて、スーツ姿の学生たちが、慌てた様子で一斉に紙をパラパラめくり始めた。「どれのこと?」「これじゃね?」なんて囁きも、200人もいれば大合唱のようだ。そんな会場のざわつきに、進行を務める中谷も、大学の講堂の巨大なスクリーンの前で、えっと、えっと、と冷静さを失っている。
 その様子を見た恵子はふーっと息を吐き、会場の隅で操作していたパソコンで、スクリーンに写したパワーポイントのスライドを何枚か前に戻して、「3ページの、上から4つ目のスライドになります」とサブのマイクで補足した。

 「高橋さん、ありがとうございます!皆さま、前方をご覧ください!……」
 中谷は説明を続けながら、感謝の気持ちを込めて恵子に目配せをした。「ありがとうございます〜〜!」という心の声が聞こえるようだ。それに気付いた恵子も、右手でパソコンを操作しながら、左手は力強く親指を立ててみせた。

---

 「高橋せんぱーい!今日は機転を利かせていただいて、ほんとにほんとにほんとにありがとうございました〜!」
 「もー何度も言わなくても大丈夫だって!…ってそれよりも、手、止まってるから!撤収作業中なんだから、早くパソコンしまって手伝って!」
 「ちぇっ、バレたか」
 「バレバレ」
 「だってぇ、アンケートどんどん返ってくるんです!ほとんどの子が選考進みたい〜って答えてくれてるしぃ〜〜〜!」

 大手進学塾・モリシゲスクールでは、毎年新卒の講師の大量採用を行なっている。今年も来春の入社を期待して、就活生向けの説明会を開催する時期がやってきたのだ。

 大学の講堂を借りて行ったこの日の会社説明会の出来は、上々だった。この調子でいけば、アンケート解答率は100%、そのうちの80%ほどは選考に進んでくれるだろう。

 「やっぱり中谷さんの進行が良かったんだろうね、聞いててもすごい分かりやすかったよ。『有名講師にオレはなる!』『講師にいつなるの?今でしょ!』って思わせる説明会だったわ」
 「も〜褒めすぎですって〜」
 恵子がどこかで聞いたことがあるような言い回しで褒めると、中谷は、何にも出ないんですからねー!と言いながらも、満更でもなさそうにニヤニヤしながらパソコンを片付け始めた。褒めて伸ばす。それが恵子の教育方針だ。

ーーー

 「ね〜せんぱ〜い!今日こんっっなにうまくいったんですから、記念に打ち上げしましょ♡」
 説明会の企画に協力してくれた大学側との最後の打ち合わせが終わり、校門前で、じゃあそろそろ…という雰囲気になりかけた時、中谷はニコニコしながら恵子に声を掛けてきた。その両手はガッチリと恵子の腕を掴んでいる。時刻は18時11分。定時をもう11分も過ぎている。
 「中谷さん、ほんとごめん…。今日は先約が…」
 「も〜〜!!先輩、いっつも先約先約って〜!私とも遊んでくださいよ〜!!!!」
 恵子が中谷の誘いを断るのは、これで4回連続だった。悪いなぁとは思いつつ、中谷はいつも突然誘ってくるので、最近は恵子もこのやりとりに慣れてきたところがある。

 「あっ!!!!」
 突拍子もないようなことを思いついた顔で、中谷はいたずらっ子のように目をキラキラさせて言った。
 「もしかして、先輩カレ「そう、そんなとこ、そんなとこだからもう帰るね!打ち上げはまた今度!」
 中谷が言い終わらないうちに、恵子は中谷のホールドをすり抜けて適当な相槌を打った。腕時計をチラッと確認すると、もう18時15分。
 「じゃ、また明日!」
 「あ〜!ちょ、ちょっと、せーんぱーい!!」
 恵子は中谷を振り返ろうともせず、風のように走り出した。説明会の資料が入った紙袋の重さも感じさせずに。
 「明日からの体制についても、話したかったのに〜」
 取り残された中谷は1人、校門の前で肩を落とした。

ーーー

 中谷さんごめんよ…!今日は、大切な大切な先約があるのだ…!だから私は、何としてでも直帰して、19時までに家に辿り着かねばならないッ!!!!

 恵子はアドレナリンを放出させながら、駅までの道を爆走した。
 だが、行きと同じ道を行ってはどう頑張っても乗りたかった電車に間に合いそうもない。

 何があっても!19時までに!辿り着かねばならないッ!…テレビの前に!!!!!!だって今日は、あの国民的バラエティ番組・踊る!◯んま御殿にミッシーが単独で出演する日なのだからッ!!!!!!!!
 かくなる上は…この道を行くしかない!!

 恵子はこれまで走っていた大通りから、裏路地へと入った。舗装されていないその道は、先ほどまでより格段と足元が悪いし、急な上り坂になっている。
 だが、恵子は足を止めるわけにはいかなかった。推しの出演番組を、なんとしてでもリアタイするために。そのために、恵子は今日一日の業務に全集中で取り組んだと言っても過言ではない。

 Googleマップ先生によると、この急坂を登りきれば、駅までまっすぐ続く下り坂…ッ!!
 恵子、走れ〜!ミッシーのために…っ!!

ーーー

 はぁ、はぁ、っはぁあ…まじでしんど…もう無理…紙袋破けそうだし……っていや、頑張れええええ!!!お前、何年オタクやってんだ!!!ミッシー待ってんぞおおおお!!!

 と、心の中で葛藤しながらも、なんとか上り坂を登りきると、ちょうど夕焼けが遠くのビルの向こう側に沈んでいくところだった。空は太陽が放つ本日最後の光を受けて、どこまでもどこまでもまっすぐに、紅色に染まっている。

 「…きれい」

 ゼエゼエと整わない息もそのままに、恵子は思わず空を見上げてつぶやいた。
 眼下に広がるのは先ほどまでお世話になった大学のグラウンドで、遮るもののない空には雲一つなかった。明日はきっと良い天気になるだろう。

 恵子は思わず、とある欲求に襲われた。そう、写真を撮りたい欲求だ。
 現代人なら誰しも、美しいものを見ると、その光景を自分のスマートフォンに残したいと思うものだろう。
 ただ、恵子の場合は少し違う。

 ぬぅ…ミッシーの…夕焼けに照らされたミッシーのアクスタが撮りたい…ッッッ!!!!

 彼女は生粋のオタクなのだ。

 『だめよ!!!ここでアクスタを出してるところを万が一でも誰かに見られたら…恵子、あなた社会的に終わってしまうわ!!!』
 と、恵子の中の天使が囁く。

 『いやいや、誰に見られるっていうんだよ。こんな大学の裏の急坂の上、誰も来ねえよ。
 恵子、さっさと撮っちまえ。ミッシーと夕焼け…バエルゾ!!!』
 と、恵子の中の悪魔も囁く。

 そうこうしている間に、夕日が今にもビルに隠れてしまいそうだ。

 えーい、ままよ!!!

 恵子はビジネスバッグの内ポケットから、アクリル製の小さな推しが入ったクリアポーチを取り出した。悪魔に軍配が上がったのだ。

 説明会で余った資料が入った紙袋とビジネスバッグを地面にそっと置き、恵子は空いた両手で、ポーチから出した推しのアクスタを空に掲げた。

 美しい…尊い…♡!

 アクスタに当たる夕焼けの光は、まるでステージライトのようだ。
 恵子はうっとりしながら、手のひらの中の『小さな推し』にスマホのカメラを向けた。

 「うわっ!」

 突風が吹いたのはその時だった。

 一瞬の出来事だったが、その風は恵子の髪を大きく揺らし、驚いた勢いで、恵子の手の中のスマホは大きく手ブレした。

 「もー…ぐちゃぐちゃになっちゃっ…!」
 乱れた髪を整えながら思わず風が吹いてきた方を向くと、先ほどまでは誰もいなかったはずの道の上に背の高い男が立っており、じっとこちらを見ている。男も先ほどの突風で髪が乱れており、逆光で顔はよく分からない。

 や、やばい!学生?!にしては大人びてる気がするし、ただの通行人??どっちにしても、よりによってスーツ姿でアクスタ持ってるところ見られた!!!!!!!終わる!!!!ワタシ!!!!社会的に終わってまう!!!!!!

 「あっ」
 「えっ?」

 恵子が一人パニックになっていると、男が小さく声を上げた。
 その視線に釣られるように恵子も自分の足元を見ると、先ほどの突風で倒れた紙袋から資料が飛び出して、地面に散らばってしまっている。この状態でまた風が吹けば、会社名の入った資料がどこかに飛んでいくかもしれない。

 「わあ〜〜〜!!」

 恵子が慌ててしゃがみ込むと、男もサッと駆け寄ってきて、散らばった資料を一緒にかき集めてくれた。

 「どうぞ」
 男は集め終えた資料についた砂を軽く払い、恵子にそれを手渡した。無愛想だが、良い人らしい。
 「あ、す、すみません」
と、ほっとした恵子がそれを受け取ろうとすると「それ」と男が恵子の手元を指差した。恵子も自分の手元に手をやると、小さなミッシーとバッチリ目が合ってしまった。

 ッッッ!!!!!
 はああああぁぁぁああぁぁああ!!!やっちまったあああぁぁ!!!
 アクスタ握ったままやったあああああぁぁああぁぁ!!!!

 恵子の手の中で、推しはいつものようにニカっと笑っている。

 「ど、ど、どうもありがとうございました!お手を煩わせてしまって申し訳ありません!では!私はこれで!」
 「?!あのっ…」
 あまりの恥ずかしさに一度も顔を上げず早口で捲し立てた恵子は、慌てて荷物をまとめて、男のことは一度も振り返らず、一目散にその場を逃げ出した。

ーーー

 まっっっっじで昨日は最悪だった…若そうな男の人にアクスタ見られるなんて…しかも、結局◯んま御殿のリアタイ間に合わんかったし……てゆーかあんなに走ったのに筋肉痛が一向にこーへんし………泣

 翌朝、恵子は昨日の『坂道ダッシュ』の疲れが残ったまま、足取り重く出社した。

 ま!リアルタイム配信で電車の中で見たんだけどー♡ミッシーめちゃめちゃ笑いとってたし♡無料配信ッ♡令和さいこー♡!

 耳に突っ込んだイヤホンからは、ミッシーが所属するアイドルグループ『STAR LIGHT』のキラキラした楽曲が流れている。

 うぅ…歌声を聴くだけで、しなやかに踊るミッシーの姿が頭に浮かんでくる…STAR LIGHTの次の現場いつだろ…踊ってるミッシー見たい…いつ発表されてもいいように、ワタシ、働く!!!!!じゃなくてじゃなくて、昨日の男の人…もしあの大学の関係者だったら……終わる……あーー!!!なんっであのとき我慢できなかったんだろ…迂闊だった…

 「せーんぱいっ!おはよーございますっ!なんで朝から百面相してるんですか??」
 「あ、中谷さん!おはよう!…そんな変な顔してた?」
 「してましたしてましたー!!」
 「おい」
 恵子はイヤホンをビジネスバッグにしまいながら、朝から元気いっぱいと言わんばかりの中谷と連れ立ってオフィスの扉を開けた。

ーーー

 「高橋くん、中谷くん、昨日の大学での説明会、手応えはどう?」

 出社したばかりの2人に声を掛けてきたのは、モリシゲスクール社長の森繁松造だ。

 「社長、おはようございます!もー、バッチリですよ!」
 「ほんとかな?!まぁ、高橋くんもあそこでは3回目だし、心配はしてないんだけどね」
 「アンケート回答率もめちゃめちゃ高そうなんですよ!なので……」
 中谷が森繁社長にワイワイと昨日の報告をしているのを聞きながら、恵子はまた、昨日の帰り道の失態を思い出して、あまりの恥ずかしさに思わずため息を吐いた。

 「……で、今日からの業務の割り振りについてなんですけど…って、先輩?聞いてます?」
 「っ!ごめんなさい!ちょっとボーッとしてた。今日からの業務についてね、なんだっけ?」
 「もー!インターン生の業務についてですよ!!」
 「あっ、そうだそうだ!そうだったね、準備してたのに、私ったらごめん」

 昨日のショックが大きすぎてうっかりしていたが、今日から人事部採用チームにインターンシップで大学生が1名やって来ることを、恵子はやっと思い出した。

 昨日説明会を行った大学には、全国の教室で教鞭を取る講師の募集はもちろんのこと、若干名、本部社員候補としてのインターンシップ生の募集も行っていたのだ。

 先日行った最終面接の結果、恵子は1人の男子学生をインターン生として採用した。オモシロイ経歴を持っているのにも関わらずやけに自信がなさそうで、その様子が逆に恵子の目を引き、
 『インターンを通して、なるべく自信を持たせてあげたい』
と感じたのだ。

 ……ん???
 いや、『感じたのだ。』じゃないわ!!!
 ちょ、待て待て待て待て。落ち着け落ち着け。そんなこと絶ッッッ対有り得ない!!!!思い過ごしであれ記憶違いであれ〜〜〜〜!!!!!!

 先週の最終面接のことを思い出すと、昨日の男の顔が急に頭の中でフラッシュバックした。

 いや、おかしいっしょ、絶対。ナイナイ。ナイって!!!!

 そう思いながらも、中谷の「先輩〜?!聞いてますぅ〜??」という声を無視して、恵子はキャリアシートの束の中から、あの学生の履歴書を引っ張り出した。

 『神山蓮二、25歳』

 貼り付けられた証明写真に、恵子が抱いていた嫌な予感が爆発しそうになったその時、

 「あのー…」

 オフィスの扉が開いて、背の高い男が顔を覗かせた。その顔を見て、恵子は嫌な予感が的中したことを思い知った。

 「おはようございます。今日から3ヶ月間、インターンでお世話になります、神山蓮二です。よろしくお願い致します」

 初々しいリクルートスーツに身を包んだその男…神山蓮二は、オフィスの入り口で窮屈そうに身体をたたんで、おずおずとお辞儀をした。

 「神山くーん!こっちこっちー!」
と中谷が人事部のデスクの島から大きく手を振った。男が、自分たちのいるデスクの方に向かって歩いてくる姿を見て、恵子は改めて確信した。

 昨日の子や…………/(^o^)\

 「今日からよろしくお願いします」

 蓮二は、改めて恵子に向かってお辞儀をした。


ーー続く

▼第二話▼何が悪いんですか?

▼第三話▼生きる世界は意外と一緒

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