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東郷青児に師事した洋画家・久下塚青蘭

東郷青児の弟子に久下塚青蘭(くげづか・せいらん)という洋画家がいます。

グーグル検索で経歴を調べると「1936年、栃木県生まれ。武蔵野美術学校(現・武蔵野美術大学)卒。」とあります。文化学院に通っていたという説もあります。後述する画集にも詳細な経歴が書かれていないため武蔵野美術学校を卒業しているのかも文化学院に通っていたのかもはっきりと分かりません。

グーグル検索で出てくる作品画像を見ると東郷青児にそっくりな絵を描いていたことが分かりますが、他の東郷青児にそっくりな絵を描いた弟子(故・安食一雄など)と比べて画力が格段に上です。

また、その卓越した画力故に1977年に画集まで発売されていたことを知り、気になって「日本の古本屋」で『久下塚青蘭画集』(後楽出版、1977年)を購入しました。

『久下塚青蘭画集』(後楽出版、1977年4月20日発行)。
定価が何と88000円で200部限定。

その結果、久下塚青蘭は1936年3月17日に栃木県芳賀郡久下田町(1954年に町村合併で芳賀郡二宮町になり、2009年に真岡市に編入)に生まれ、中学生の時に上京して東郷青児の門を叩き、東郷青児の弟子でありながら二科会には所属せずに個展のみの活動をしていたことと、1960年代半ばには東郷青児そっくりの絵を描いていたもののやがてその影響から脱却して独自の画風を築き上げ、1970年代には作品が秩父宮勢津子妃殿下所蔵となる程の売れっ子画家になっていたことを知りました。

また、歌手の小椋佳氏とも親交があり、アルバム『道草』(キティレコード、1976年)のカバー・アートを担当していることも分かりました。

しかし、東郷青児亡き後の1980年代に入ってからの活動実態がグーグル検索しても全く出て来ず、存命なのか或いはいつ亡くなったのかも不明です。

そこで私は2021年11月、SOMPO美術館(旧・安田火災東郷青児美術館)の公式サイトから久下塚青蘭の1980年代以降の消息について問い合わせをしました。そうしたら同館の主任学芸員で東郷青児の研究が専門のA氏から「残念ながら、当館では青蘭さんの詳細につきましては、把握しておりません。」「お名前と作風は存じておりましたが、経歴や、画集を出版されていたことは、頂いたメールで初めて知りました。」「気になっていた作家ですので、手がかりを教えていただけて逆に有難く存じます。」との返答がありました。

それを受けて「私が「日本の古本屋」で購入した『久下塚青蘭画集』(後楽出版、1977年)ですが、稀覯本のようで、東京国立近代美術館、国立新美術館、東京都現代美術館のいずれのライブラリーにも在架されていません。また、国立国会図書館にも無く、私の知る限り、栃木県立図書館にしか在架されていませんでした。私が「日本の古本屋」で購入した際にもそれ1点しか存在せず(22000円で売られていましたが)、ネットオークションにも出回っていませんでした。」とEメールで述べたら、A氏からは「栃木県立図書館には、きっと地元の画家ということで収集か寄贈されたのですね。」との返答がありました。

その頃、久下塚青蘭と親交があった小椋佳氏にも手紙で消息の問い合わせをしたのですが、返事を頂けませんでした。

幾つかの美術系出版社に久下塚青蘭について問い合わせをしたところ、『新美術新聞』『美術年鑑』を発行している美術年鑑社の方から「当社で青蘭について把握している情報、保持する資料などはございませんでした。」「当社刊行の『美術年鑑』に関するデータ類からも消息を追えないため、結果的に確認できる事実はありませんでした。」「栃木県立図書館のレファレンスサービスを利用されるなども、何か消息がつかめるかと思います。」との返答がありましたので、2022年1月に栃木県立図書館のレファレンスサービスから問い合わせをしました。そうしたら、以下の回答を頂きました。

栃木県立図書館調査相談課です。
お問い合わせの件について回答します。
「久下塚青蘭」について、当館の地域資料を中心にお調べしましたが、残念ながら情報を確認できませんでした。
当館未所蔵資料ですが、「美術名鑑」に以下のとおり掲載を確認しましたのでお知らせします。

・『美術名鑑 現代日本画・洋画・彫刻・工芸・書 2000年版』(美術名鑑編集部/編集撮影 美術公論社 2000)
p.377「洋画・版画作家」「洋画各界及無所属著名作家」に「久下塚青蘭(くげづかせいらん)」とあります。
4行ほどですが、「経歴、出身地、師系、生年、住所、電話番号」が確認できます。

住所は東京都渋谷区の「(有)ジュエル・コクエイ」の住所が記載されていますが、経歴には「ロス在中」とあります。

※県内所蔵館(宇都宮市立上河内図書館)から取り寄せて内容を確認しました。
国立国会図書館、東京都立図書館、大学図書館等で所蔵されており、他の年代をご確認いただけます。
インターネット上の蔵書検索で確認した情報によれば、国会図書館では1986~2003年版 (欠: 1989,1990,1995年版)、都立図書館では1973~2003年版を所蔵されているそうです。

ご参考まで、当館で今回お調べした資料は以下のとおりです。

・『栃木県の美術』(栃木県立美術館/編、発行 1972)
・『栃木県の近代美術』(栃木県立美術館/編、発行 1995)
・『栃木県芸術総覧』(栃木県文化協会/編、発行 1984)
・『北関東美術展 第2回』(栃木県立美術館/編、発行 1977)
・『北関東美術展 第3回』(栃木県立美術館/編、発行 1980)
・『栃木県の絵画』(野中退蔵/著 栃木県教育委員会 1981)
・『しもつけ物語 人物編 第8集』(栃木県連合教育会/編、発行 1989)
・『栃木県人物・人材情報リスト 2021』(日外アソシエーツ株式会社/編 日外アソシエーツ 2020)【館内】
・『近代日本美術家列伝』(神奈川県立近代美術館/編 美術出版社 1999)【館内】
・『日本美術家事典 1996年度版』(篠原未智子/共編 オーアンドエム リミテッド 1996)【館内】
・『美術家索引 日本・東洋篇』(恵光院白/編 日外アソシエーツ 1991)【館内】
・『人物レファレンス事典 美術篇』(日外アソシエーツ株式会社/編 日外アソシエーツ 2010)【館内】
・『美術家人名事典 古今・日本の物故画家3500人』(日外アソシエーツ株式会社/編 日外アソシエーツ 2009)【館内】
・『近代日本美術事典』(河北倫明/著 講談社 1989)【館内】
・『平成の洋画 1989-2019』(美術年鑑社 2021)
・『武蔵野美術大学のあゆみ 1929-2009』(武蔵野美術大学八〇周年記念誌編集委員会/編 武蔵野美術大学出版局 2009)
・『東郷青児 蒼の詩永遠の乙女たち』(野崎泉/編 河出書房新社 2009)
・『美術家たちの証言』(東京国立近代美術館/編 美術出版社 2012)
・『東郷青児 他言無用』(東郷青児/著 日本図書センター 1999)
・『著作権台帳 第24版』(日本著作権協議会 1997)
・『二宮町史 通史編3 近現代』(二宮町史編さん委員会/編 二宮町 2008)
・『二宮町史 史料編3 近現代』(二宮町史編さん委員会/編 二宮町 2006)

このほか、地元紙「下野新聞」の2001年以降の記事を検索できる契約データベースもお調べしましたが、情報を確認できませんでした。
・下野新聞データベース plus 日経テレコン
 検索キーワード:久下塚青蘭

回答は以上です。
ご不明な点はお尋ねください。

栃木県立図書館 調査相談課

2022年1月21日、栃木県立図書館調査相談課より

これを受けて東京都立中央図書館で『美術名鑑』(美術公論社)2003年版を調べたところ、p.369に以下の記述がありました。

久下塚青蘭

(号あたりの評価額が書かれているのですが、省略致します。)
歴:個展三越等13、各国買上、秩宮家献上2、ロサンゼルスカラリ店作品常設、外遊3、ロス在中
出:栃木
師:宮本三郎
令:昭11
〒150-0031 渋谷区桜丘町17-9 (有)ジュエル・コクエイ
(電話番号が書かれていますが、省略致します。)

『美術名鑑』(美術公論社)2003年版 p.369

このことから判るのは、久下塚青蘭は2003年時点では健在だったものの、それ以後にロサンゼルスで死去したということです。「師:宮本三郎」と書かれていますが、画集によると宮本三郎にも師事歴があるので間違いではありません。晩年はロサンゼルスで生活していたものの、東京都渋谷区桜丘町に「(有)ジュエル・コクエイ」という事務所を構えていたことが判ります。”ジュエル・コクエイ”でグーグル検索したところ、当時の電話帳サイトが載っており、正確な住所が「東京都渋谷区桜丘町17−9−401」であることが判明しました。グーグルでこの住所を検索したら、渋谷駅近くの「第二昭和ビル」という1961年5月竣工の古いビルでした。

久下塚青蘭について現在、判明していることは以上です。

この記事をご覧になっている方で、久下塚青蘭についてここに書かれていること以外の情報をお持ちの方、或いは1980年代以降の消息及び正確な没年をお知りの方は当方に情報提供をお願い致します。

〔追記〕
2024年3月上旬、この記事をご覧になった久下塚青蘭の親族の方からEメールを頂きました。その方によると久下塚青蘭の本名は塚田元輔と言い、「久下田の塚田」を略して「久下塚」としたそうです。

【最終加筆:2024年3月16日】

※記事に関する御意見・情報提供は下記のメールアドレスにお願い致します。
dyi58h74@yahoo.co.jp

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