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友人たちについて

コーヒーは飲むときより淹れるときの香りの方が好きだ。
もっと言ってしまえば、新品のコーヒーを開封するその瞬間に最も強く良い香りがする。
その瞬間の香りの残像を思い浮かべながら、マグカップに注いだコーヒー飲む。
そして友人たちについて考える。

私はしばしば、新しい友人を作りたいという衝動に駆られる。
社会人になってから仕事以外での新たな出会いはまるで少なくなった。
例えば大学生の頃は、ゼミやサークル、バイトなどを介して本当に様々な人に出会ったものだ。
年齢や出身地だけではなく、着ている服のジャンルや遊び方までが異なる人々と。
しばらくするとどういう繋がりで仲良くなったのか忘れるほど、ほとんどの出会いが自然だった。
狭いコミュニティだったからなのかもしれない。
それでも知らない人に会うということに信じられないくらい前向きで、すべての出会いが自分にとってプラスになると信じ切っていた。

そうする間に大学やバイトを卒業し、みんな住む場所も働く会社もまったく別々になった。
今でも定期的に会う友人は当時の10分の1以下だろう。
そしてその事実をすんなり受け入れられる日もあれば、今日みたいに得体のしれない焦りを感じる日もある。
彼らと会わなくなってしまったことが悲しいわけではない。
自然淘汰だ。仕方がない。
純粋に母数が減ったことが恐ろしく感じるのだ。

世の中には社会人サークル、―何をやっている集団なのかはまるで知らないが―、だったり趣味のオフ会だったり探せば出会いの場はたくさんある。
インターネットで検索すれば、自分の興味・志向に近い人々を選んで会うことはたやすい。
それなのに何故だかその一歩が踏み出せないのだ。
学生の頃の私が見ると驚くに違いないほどに、消極的になっている。

きっと、そういう目まぐるしい出会いの場から長く離れていたせいだろうと考える。
自ら出会いを探しにいくということが、とても特別な行動のように思えるのだ。
いっそ全ての環境を変えられればと思う。
異国に身一つで移り住んだような新鮮でワクワクしていて、でもいつも恐怖を背負っているような、そんな気分になれればいいのにと思う。




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