「今回のデザインは好きにやってくれ」という罠と対処法_前編(課題編)
第1章【あるデザインの顛末】
【期待を込めた罠は、若手のデザイナーに降りかかってくる】
もし、あなたが営業で上司から「今度のプロジェクトは君に任せた!」と言われたり、あなたがバイヤーで「新店舗の仕入れとレイアウトは君に任せた!」なんて言われたら、これは期待されてるな!ってわくわくしてしまうだろう。
しかし、もしあなたが新人デザイナーでクライアントに「今回のデザインは君に全て任せた!」と言われたら……。
よほどデザインを理解したクライアントでない限り、多くの場合それは罠である。
あなたが、まだ2年目の駆け出しのデザイナーならば、その言葉に目を輝かせ、2つ返事で、持てる総力を使いクライアントの期待に応えようとするだろう。
まわりの「気を付けろよ」という気配にも気づかないほど夢中になって。
(私の場合それは、某音楽会社からの大規模イベントのチラシであったが)
期待に応えるべく、その時の最大の技術を駆使し、流行りのあしらいを入れ120%の完成度を目指す。個人でクライアントを持てる輝かしい未来を夢見て。
そして、渾身のドヤ顔でクライアントに渡したデザイン。
クライアントは、しばらく紙面を見つめ、徐々に顔を曇らせて言うのだ。
「〜う〜ん。なんか違うんだよなぁ」
(※もちろん「素晴らしい最高」というハッピーエンドの場合もあるにはある。)
そして、しばらく微妙な沈黙が続いた後でクライアントはふと目を上げ、何か思いついたようにポツリと。「●●風とかどうかな?」
あなたの1週間の全力が、15秒で潰えた瞬間である。
心の中で全力で叫ぶ「じゃあ最初に言ってくれよ!」
(※私の場合は、昼のイメージを夜のイメージに変えてくれ、から始まった…)
【デザイナー「負のスパイラル」あるある】
結局、クライアントの求めている●●風がどこから生まれてきたのかなんて理解ず、求められた修正を行ったところで、クライアントの「なんか違う」感は払拭できない。そのあとも、クライアントは様々な「●●」風で修正を迫ってくる。
納得感も、だれも満足いかないまま、迫る納期。
見えないゴールを探して死の行脚は続く。
さながら冬の八甲田山。雪に覆われて目的地も方角も分からず、どの方向を向いても迷う。思考力も奪われ、疲労と、ストレスだけが溜まってゆく。
作り手の納得のいかないデザインは、提出するときにも、不穏な空気が流れる。それをクライアントが良い感じで受け取れるはずもない。
「なんか違うね」「なんか違いますか…。」という不毛なやりとりが続く。
とうとうクライアントは「そこの文字、赤の方が目立っていいんじゃない?」とか言い出し始める始末。
「いや、そこ赤にしたら、全体のバランスが…。」だが、納期もあるし、意図もわからない。仕方なくクライアントの望むままに作り続ける地獄。
メールと電話の応報。迫る納期。圧迫する他の仕事。
そして、クライアントはあなたにトドメを刺す。「言ったことしかでいないの?もっと予想外のデザインを見せてよ。」
最初のトキメキはいずこ、心の中で叫ぶ
「おまえ…最初、全部任せるって言ったよな!!!!!」
今や、クライアントはラスボスである。
無意識にピンポンのアクマのセリフが口に出る。。。
「どこだ…どこで間違えた。。。」
納期との関係で、先方に言われた通りに作った、ツギハギだらけのデザインをなんとか納品できたとしても、残るのは遺恨と屈辱。結局「絶対自分のデザインですって言いたくない」悲しい残骸だけがそこに残された。
そしてそのクライアントは2度とあなたを指名しない。話題にもしない。
「清々するわ!」とあなたは叫ぶかもしれない。
しかし、これは完全な負け犬の遠吠えである。
これはかつての私の経験だが、デザイナーは皆、似たような経験を持っているのではないだろうか。
【デザイナーは、どこで間違えたのだろうか?】
不意に画面が暗転して、古畑任三郎が現れて
「さあ、この一連のやりとりの中に致命的なミスがあります。お気づきですか?逆にそこを押さえておけば、この惨劇は起きなかったのです。」なんて問われたら、2年目のデザイナーはなんと答えるだろう。
・クライアントの申し出にのってしまったことだろうか?
・最初に120%を作り切ろうとしたことか?
・もっとレベルの高いデザインを出せば良かったのだろうか?
・複数案提案すべきだったのか?
答えはそれら全てであるなんて、意地悪なことは言わない。
デザイナーが間違えた場所はもっと前でただ一つ。
クライアントの「君に任せる」という言葉を鵜呑みにしたことである。
そこから?
そこからなのである。
「デザインを任せる」は「ズッ友」「一生のお願い」「何もしないから」に続く信用ならない言葉ベスト5である。
将棋なら、最初の1手目で王手を掛けられていたのである。
ただこれは手筋でしかない。知ってさえいれば回避できる。
それを回避して、クライアントの満足いくデザインを提出するために
私たちは2つのことを理解しなくてはいけない。
①クライアントは何故、安易に「君に任せた」と言ってしまうのか
②抽象的な「君に任せた」をどう具体的にしてゆくのか
これは抽象的な依頼を受けたとき、必ず直面する課題である。逆にこの2つを理解しておけば、どんなクライアントの依頼にも対応できる。
一つづつ解決してゆこう。
第2章【理由を知る】
【「君にまかせた」または「自由に作ってくれていいよ」という言葉の正体】
なぜ、大事なプロジェクトなのにクライアントは安易に「まかせた」と言ってしまうのか。実は…多くの場合、クライアントが何も考えていないからである。
もう少し正確に言えば…、何も思いついていないのである。
デザイナーはものを作ることが仕事である。そのために日々デザインのことばかりを考えている。では、別の職種の人はどうだろう。営業であればクライアントとの交渉。経理であれば数字、経営者であれば経営。だれも普段そんなにモノを作ることをカジュアルに考えていないのである。
だから、何が作りたいか、なんて全く想像つかないのは当たり前なのである。それなのに、デザイナーは無慈悲に、容赦無く問うのだ。
「どんなデザインを作りたいですか?」
そこで考えあぐねた末に出てくる言葉が「自由に作っていいよ」なのである。
例えば、はじめての国に降り立ち、現地のガイドさんに「どこに行きたいデスカ?」と問われた時、とりあえず「お…お任せします(汗」と言うのと何も変わらないのである。
結局のところ「自由に作ってくれていいよ」は「何か自由に参考例を作って見せてくれていいよ」程度でしかないのである。「君に任せた」は「私が望んだものを作ってくれる君に任せたなのだ」。これらの言葉は
デザイナーに対する期待ではあるが必ずしも評価ではないのである。
そして、デザイナーが差し出した初稿を見て初めて、クライアントは作りたいもの形を、意識し想像し始めるのである。
どれほど時間をかけ、作り込んだものを見せても、クライアントにとっては「参考の一例のラフ」程度の価値でしかないのである。まずそのことを念頭におこう。
【デザイナーの間違えのない最初の一手は?】
さて、我々デザイナーの立場に戻ってこよう。
クライアントの「自由に作ってくれ」が「とりあえず何か見せてほしい」という意味だと理解できれば、やるべきことは決まってくる。
簡単なのは、先にラフを見せて、イメージを膨らませてもらうことだ。
「では、ラフを描いて、お渡ししますね。」
「何案か提案するので方向性をご確認ください」
「では、この案件に見合う参考の資料を用意しますね」
とラフや提案資料を作ると、クライアントは満足してやりとりはスムーズに進むだろう。
だが、それではまだ浅いのだ。
もし、見せたものをベースにクライアントが何かを思いつくのであれば、提出物しだいで、結果が変わってくる可能性は否めない。それは、心の奥底からクライアントが作りたかったものだろうか。潜在下にあるクライアントが作りたいものと、プレゼンに解離があると、その場では納得しても、最終段階で「やはり何か違うな」を引き起こしはしないだろうか。
そして最初のラフや資料作りにかける時間を、もっと精度の高いものにするためには何が必要か。初稿を見せた後で、ヒアリングが発生するならば、最初に「お任せします」と言われた時に「任せたくなる内容」を聞き出してしまえばいい。
作る前に「何を作るかを決めること」。そのためにどんな質問をすればいいだろう。
デザイナーの初手は「お任せ」と言われた後の質問(ヒアリング)である。
【最初の質問】
顧客「今回は、あなたにお任せします」
私「ありがとうございます。とても光栄です。では一緒に良いものを作っていきましょう。さてどんな方向で進めていきましょうかね。」
顧客「う、うん。デザインは自由にやってくれていいよ。」
お任せで逃げようとするクライアントに気を遣って「かしこまりました」と引き下がってはいけない。その先に踏み出さなくては。。
ここで語るのは「どんなデザインにするか」を決めることではない。
先方はデザインの話を、避けるためにお任せしてきたのだから。
ヒアリングで行うのは、クライアントが自身の商品に対して持つ想いを引き出すことである。クライアントに最も雄弁になれることを語ってもらうことである。その中から、デザインの要素をピックアップしてゆく。
クライアントの自分の商材に対する価値観、得意分野、普段の思い。
例えるならそれらは料理の材料。材料もわからないのに、先にメニューを決めても、良い料理はできない。
まずは食材を出し切って、それを見回しながら、「これならば、こんな料理ができますね」と相談し合意して初めて料理を作り始める。一緒に決めて作った料理は美味しい。それをデザインでやるのだ。
というわけで、私は最初の質問はいつも同じである。
「ところで、なぜこのイベントを開催しようとと思ったのですか?」
「この商品が目指す未来はなんですか?」
「なんのために行うのですか?」
デザインでも商品のスペックでもない、
彼らが雄弁になる、目標や想いをヒアリングしてみよう。
そこから見えてくる形をデザインにするのだ。
最初の一手が決まったら、駒を進めてデザインを導きだしてゆこう
後編に続く
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?