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【SF短編小説】永遠の命を探求する者、花宮あかりの遺した世界――魂は複製し得るか?――

プロローグ  花宮あかり。  彼女ほど聡明で、歴史に残るであろう女性はこれまでもいなかったし、これからもいないであろう。  何しろ彼女は、世界で初めてその人格と記憶を完全に備えた自分のクローンを作り上げたのだから。  そして彼女はそれにとどまらず、自分の意識をスーパーコンピューターにブレインアップロードすることにも成功した。  まさに稀有の存在だ。  そしてその彼女が今、末期のすい臓がんと診断され、余命半年と告げられている。  これは彼女と、彼女のクローンと、彼

    • 【SF短編小説】トランスヒューマン・オデッセイ―意識の地平を超えて―

       2110年、テクノロジーが飛躍的に進化した時代。とある都市に存在するミレニアム学園では、革新的な教育方式が導入されていた。新入生のジェイクとエミリーは、この先進的な学習システムに期待に胸を膨らませていた。  従来の教育方式とは異なり、ミレニアム学園では知識やスキルがデジタル化された形で、直接生徒の意識にアップロードされる。そしてその情報は脳内で処理され、身に付けられていくのである。  この画期的な方法は、ニューロサイエンスとコンピューターサイエンスの融合によって実現した

      • 【短編小説】貴女との最後の晩餐

         雨粒がカーテンに打ち付ける音が、佐伯清の書斎に響き渡っていた。佐伯は大きなアームチェアに腰を下ろし、窓の外を見つめながら、次の推理小説のアイデアを探っていた。ガラスに映る自身の姿を見れば、時の重みを感じずにはいられなかった。  佐伯は長年、推理作家として数々の傑作を世に送り出してきた。しかし今宵は、いつになく物語のアイディアが捉えられない。過去の成功が重荷になり、新しい話が浮かんでこない。この豪邸に一人佇むにつれ、彼は日に日に孤独を深く感じていた。もう自分は時代遅れの遺物

        • 【短編小説】町はずれの洋館に棲む妖しい美女の正体は

           町はずれの丘の上に建つ古びた洋館には、ひとり美しい女性が住んでいた。名前すら知られることのない彼女の存在は、しだいに町の人々の間で噂になっていった。  酒場で夜な夜な咳きこみながら騒ぐ年寄りは、彼女を魔女と評した。「あんな化け物がこの町に棲むなんて、これから災いが起きるに違いない」と危ぶむのだった。年寄りの言葉に同意する者もいれば、「ばかを言うな」と一蹴する者もいた。  一方、町の若者たちは彼女を「天使」と呼んでいた。 「神々しい美しさだ。きっと天界から私たちの町に遣わ

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        【SF短編小説】永遠の命を探求する者、花宮あかりの遺した世界――魂は複製し得るか?――

        • 【SF短編小説】トランスヒューマン・オデッセイ―意識の地平を超えて―

        • 【短編小説】貴女との最後の晩餐

        • 【短編小説】町はずれの洋館に棲む妖しい美女の正体は

          【SFショートストーリー】星の響き

           私の名はエリオン。私は、古の時代から受け継がれてきた「音の守護者」の一族に生まれた者です。私たちは、宇宙の微細な振動を感じ取り、それを美しい旋律へと変容させる力を持っています。その象徴が伝説の楽器、「星のハープ」なのです。  その音色は聞く者の心を癒し、宇宙の秘密を解き明かす力があると言われています。私もまた、この「星のハープ」を演奏する才能に恵まれていました。  しかし、ある日、突如として星々からの音が聞こえなくなるという前代未聞の事態に遭遇したのです。  星々の沈

          【SFショートストーリー】星の響き

          【ショートストーリー】永遠(とわ)の花園にて

           生きる、ということがこの頃わたしにはどうもわからないのです。  というのもあの人が逝ってしまってからというもの、わたしはこの世の住人ではなくなったようだからです。  ある朝、わたしは自分が匂いを感じる能力を失っていることに気がつきました。  あのウイルスの後遺症でしょうか。  でもわたしにはそれももはやどうでも良いことです。  ただこれまでも億劫だった食べることが、さらに億劫になったことぐらいのものです。  わたしは花に水をあげます。  白百合と黒薔薇です。

          【ショートストーリー】永遠(とわ)の花園にて

          【SF短編小説】不滅の響き

          『月光に照らされて』 月明かりが水面を優しく撫でる夜、 紡がれるは、遠い記憶の調べ。 遥か彼方から吹き抜ける風に乗り、 あなたの囁きが、時空を超えて我が耳に届く。 この果てしなく広がる宇宙の片隅で、 私たちは一瞬、星のように輝き合った。 あなたは旅立ったけれど、心の中で永遠に煌めく。 夜空に瞬く星々は、あなたの笑顔を映し出し、 慟哭の波が私を包み込んでも、 あなたの愛が、温もりとなって私を抱きしめる。 生の苦悩と、愛の尊さが、 幻想的な夜の帳の下で、静かに溶け合う。

          【SF短編小説】不滅の響き

          【短編小説】夢現の国の女王と狂気に導かれし娘

           ベッドから起き上がると、急に白い柱が天を突く広大な空間が広がった。まるで宮殿のような気高い佇まいだ。しかし、その構造は常識を超えていた。柱が上に行くほどねじれ、天蓋は幻想的な渦を描いている。 「おはよう、アリス」  気づくと、妖精のような小さな存在が目の前を舞っていた。しっとりとした金髪に、蝶のような羽根を広げている。 「ここはどこ?」アリスは訝しげに尋ねた。 「ここは"夢現(むげん)"の国よ」妖精は嬉しげに答えた。 「あなたの無意識の世界を、具現化した場所」

          【短編小説】夢現の国の女王と狂気に導かれし娘

          【短編推理小説】消えた『百合の誓い』の謎

           放課後の白百合学園。  2年生の教室に、黒髪のロングヘアーの少女・白雪冴月(しらゆきさつき)が一人で座っていた。冴月は窓の外を眺めながら、ぼんやり芝生に目を落としていた。  漆黒の綺麗な髪は背中を覆い、雪のような白い肌は上品な光沢を放ち、澄んだ瞳には常に冷静な判断力が宿り、無機質な表情は誰をも惹きつける魅力を持っていた。  しかし、その奥底に秘められた鋭い知性と強い正義感は誰にも分からない。白百合学園の生徒の一人、しかし実は事件解決に身を投じる秘密の探偵。難解な事件の前では

          【短編推理小説】消えた『百合の誓い』の謎

          【ショートストーリー】東京幻夜譚―蟲影裂界からの訪問者―

           東京の夜の街路樹が揺れる。  まるで樹木が警鐘を鳴らすかのように、夜風の中で枝がしなり、幹が軋む。  だれかに気づかれてはならない。隠れた存在がそこに息づいているのだ。  人気のない路地裏を過ぎれば、そこには崩壊した建物の姿があった。  廃墟となった古い木造アパートの一角に、幽霊の瞳のように窓があり、内部が覗ける。  中を覗くと、誰かが這い上がってきている。  息も絶え絶えに、ゆっくりとその者は地上に出現する。  夜が笑うように、木の葉が落ちる。  その場に佇むものは、

          【ショートストーリー】東京幻夜譚―蟲影裂界からの訪問者―

          【ショートストーリー】藁人形の加護と魂の輪廻

           僻地の村にある一軒家。  そこに住む夫婦には、長年の望みが叶い、やっと子宝に恵まれた。  しかし赤子は生まれながらに病にかかり、いつ命が絶えるかわからぬ脆く儚い存在だった。  夫婦は昼も夜も、この子の無事を祈るのみ。  しかし村人は、「その子は死ぬ。ろくな事にならぬ」と囁く。  そんな中、村を訪れた旅人がいた。旅人は村の仕事を手伝い、やがてその家に身を寄せるようになる。  夫婦は昔話の「わらひと形(がた)」を思い出し、子を守る加護を求めて、わらでできた人形を造った。

          【ショートストーリー】藁人形の加護と魂の輪廻

          【SFショートストーリー】エミリアの花園

           私の名前はエミリア。  私には生まれつき知的障害があり、両親は私のことを理解するのに苦労していました。しかし私には、庭園で草花を育てる才能がありました。庭いじりに夢中になると、周囲からは植物と会話しているように見えたといいます。私は細々と庭を整備する仕事を受ける庭師として、わずかな日銭を稼いでいました。それでも私は幸せでした。  ある日、とある研究者のグループから事前に連絡があり、実験に参加しないかと持ちかけられました。知能を向上させる新しい手術方法の被験者を募集している

          【SFショートストーリー】エミリアの花園

          【ショートストーリー】こころのひかり

           昔々、ある静かな森の中に、「こころ」という名の小さな光が生まれました。  こころはキラキラと輝きながら、森の中を飛び回り、花や木々、動物たちと遊びました。  ある日、こころはおおきな木に尋ねました。 「ぼくはなぜ生まれたの?」  おおきな木はそっと答えました。 「きみはこの森をもっと美しくするために生まれたんだよ」  そして、こころは小川にも同じことを聞きました。 「ぼくはなんのために生きているの?」  小川はチャプチャプと楽しげに答えました。 「きみはた

          【ショートストーリー】こころのひかり

          【短編小説】記憶と時間の手帳

          第1部  あの日、私は人生で最も重要な意味を持つ出来事に出くわした。それは電車の中のことだった。  朝のラッシュ時、私は駅のホームでスマホのニュースを読みながら電車を待っていた。いつものように、たくさんの人々が行き交う中を歩いていた。  すると足元に何かがあると気づいた。誰かが落としたようだ。拾い上げると、それは赤い手帳だった。表紙にはT.K.の刻印がされていた。  心当たりはなかったが、手帳には住所とその人物についての詳しい記述があった。おそらく家族か、親しい人に忘

          【短編小説】記憶と時間の手帳

          【ショートストーリー】エスプレッソと左利きの哲学

           それは穏やかな放課後の教室。窓からの暖かい日差し。  彼女はしばらくの沈黙の後、口をひらいた。 「ねえ、あなたはなんでそんな『死』のことばっかり考えてるの?」  彼は、彼女の質問に大げさに肩をすくめて応えた。 「そんなの当たり前だよ。だって考えてもみなよ。生きてる時間より死んでる時間のほうがずっと長いんだぜ? 考えないほうがおかしいだろ」 「そんなの死んでからゆっくり考えてみたら?」 「んー、でもさ、死んでからだとちょっと遅いかもしれない。だって、死んだら自分が

          【ショートストーリー】エスプレッソと左利きの哲学

          【ショートストーリー】翅の記憶

          第1章  私は真っ暗な部屋で目を覚ました。周りは薄暗く、場所が分からない。ただ、壁には奇妙な模様が浮かび上がっているのが見えた。私はゆっくりと立ち上がり、その壁に近づいていった。  するとそこには、ありえないほど巨大な蝶の翅が描かれていた。青と黒の濃淡で表現された美しい翅は、まるで生きているかのように動いているように見える。私は目を疑った。しかしそれは現実だった。  蝶の翅がふわりと動いた。そして突如、壁が崩れ落ち、蝶が私の前に現れた。その巨大な姿に圧倒されながらも、私

          【ショートストーリー】翅の記憶