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【小説】醜いあひるの子 匠馬編

   ~茂みの中の欲望⑦~

年明け陵から『ボディーガードにひまわりを正式に付ける』と報告があり、匠馬はしたりと笑った。
智風と仲良くなり、一緒に帰宅させ近所まで送らせれば、ひまわりの事だ。
智風がアパートの戸を閉めるまで確認をするだろう。

あれから、明美から連絡は無い。
本当に手首を切っていた様で、お蔭で落ち着いた日々が過ごせている。が、ストーカーは警察から警告を受けても行為を止める人は8パーセントくらいしかいないらしいので、念には念を。
心強い監視が居れば、安心して父の仕事を手伝える。


明後日から3学期というあの日。
陵を見送り終わると、ツン、と服の裾を引っ張られて顔を下げた。
其処には顔を赤くした智風が見上げており、『一緒にアパートに来ない?話しがあるの』と。
完全に誘われているのかと思って、アパートの鍵を掛ける時間も惜しいくらいだった。
ベッドで母の言葉と智風の不安が解消され、彼女の躰を堪能する。
10日振りに智風を堪能できるとあって、かなり余裕が無いのに、いざ入れようとすれば『痛い!』と。
たった10日間シてないだけで、狭くなるなんて!
終わった後『挿れる時痛いからなるべく毎日シないといけないね。痛いの厭でしょ?』と聞けば、恥ずかしそうに顔を真っ赤にしてボクの胸に顔を埋め、『痛いの、やだ』と。
やばい。また煽られた。
匠馬がいつも以上に早い手つきで、次のゴムを装着したのは言うまでもない。

次の日。
智風をお姫様抱っこでベッドに連れて行くと、『明日から学校だし、早めに寝ないと』といつも以上に速い動きで潜り込んだ。
そこからおふざけが始まり、くすぐり合ったりして遊ぶ。
子どもじみたおふざけだが、智風は余程楽しいのか良く笑う。
ま、結局そのまま服を脱がせるのだが。

昼間もしっかりと頂いていたので、お互い、1回で満足して眠りに就いた。

ベッドに行った時間が早かったからか、匠馬は夜も明けきらぬ4時過ぎに目が覚め、ベッドから躰を起こした。
冷蔵庫から水を取り出すと、急に明日のお弁当を作ってあげたくなり、水を飲むと服を着込んでアパートを出た。
口から吐き出される息が白い。
ベッドの中でぬくぬくと過ごすのもいいが、寒い中、買い物に行くのもたまには良いモノだ、と独り口元を緩めた。

24時間営業のスーパーで買い物を済ませて、アパートに戻る。
その最中、アパート近くの公園のベンチに人が座っているのが目に付いた。
気付かぬ振りしてアパートの方に歩みを進めれば、スマホが震えた。
あの女用携帯は家に置いている。
もしかして智風が目が覚め、不安で掛けて来たのかも、とポケットからスマホを取り出す。
しかし、通知されている番号は登録されていない番号。
だが、下四桁で発信者が誰か特定出来た。

明美ストーカーだ。

「自殺したんじゃなかったの?」

振り返り、公園に入って行く。
すると、携帯を放り投げて走って来る姿に、殺意さえ芽生える。

「匠馬!」

胸に縋り付いて人の名前を叫び、会いたかった、と連呼するこの女に。

「あのね、明美さん」

「何時もみたいに呼び捨てにしてよ」

冷え切った躰が余計、冷えて行く。
典型的な思い込みが激しく、犯罪まで犯しやすいタイプの人間。
…あぁ。そうか。


『ーーー犯罪者になってもらったらいいのかーーー』


「あのね、明美さん。ちゃんと、聞いて。ボクは貴女の彼氏では無いし、貴女にたいして何にも感情を持ってません。貴女が手首を切ったからと言って、お見舞いに行く事も無かったでしょ?ボクには愛する彼女が居ます。だから、ボクの事は諦めて下さい」

そう言って、明美の躰を引き剥がした。
こういった人間は、そういった言葉に敏感になる。
案の定、明美の顔から血の気が引いて行き、言葉が出らずに口をパクパクとさせているだけ。

「お願いです。ボクと智風を引き離す様な事、しないで下さい」

「その…女が、大切、なの…?」

「はい」

その言葉に明美の膝がガクガクと笑い出し、地べたにしゃがみ込んでしまった。
明美が掴んでいたダウンジャケットの裾を引っ張ると、ずるっと腕も落ちた。

「もう、声を掛ける事も、電話やメールするのも止めて下さいね。智風が心配しますから」

買い物袋を持ち直し、明美に背を向けてゆっくりと足を前に出せば、聞こえてきた言葉に口角が上がる。

「私は諦めない…。そのオンナと別れさせてやる…」

聞こえないフリして公園から出て行く。
やはり、明美を煽る事は簡単だ、と思わず笑ってしまう。
アパートに戻り食材を冷蔵庫に入れ、寝室のドアを開けると『ん…』と可愛らしく智風が寝返りをうった。
智風は胎児型の横向きにうずくまって寝る。
周囲に対する警戒心が強く内向的で人間関係が上手くいかず悩みがちな人に多いらしく、精神的被害を受け無条件に可愛がられる赤ん坊に戻りたい、という心を表している、とも言うらしい。
赤ん坊の君も可愛いのだろうけれども、やはり今の君がいい。
頭を撫でて布団を掛け直してやり、蟀谷にキスを落とした。



ーーー
それから、何事も無く1ケ月が経った。
その間の半同棲生活は楽しくて仕方が無かった。
父の店でバイトをして智風の待つアパートに帰ると、『おかえりなさい』と微笑んで、出迎えてくれる。
そんな一言が幸せだと感じた。
3人で暮らしだしてから一番先に家に帰るのは匠馬。
それを言って貰える嬉しさと、匠馬を待っていてくれたという事に、些細な幸せを感じていた。

匠馬の誕生日後、バイトが終わってアパートの玄関を開けると、大興奮の智風がいきなり抱き付いて来た。
そして、『河野聖也くんから“久し振り”って声掛けられた』と。
余程嬉しかったのか、自分からした事の無いほっぺにチューまでして、両親の位牌に嬉しそうに手を合わせる。
匠馬の引き攣る顔も全く気付きもしないで、『お友達』の河野聖也の事を色々と聞かせてくれた。
生理になってなかったら、朝までヤり続けてただろうな…。
それくらいヤキモチを妬いていたのだが、次の日、生理痛で動けない智風を看病した時は、弱って目を潤ませている姿が可愛くて仕方が無かった。

でも、甘える事が下手な智風は体調が悪くても自分でしてしまおうとする。
多分、両親に負担を掛けまいと、我慢して来たのだろう。
それが何時しか当たり前になり、甘える事を忘れてしまったのかもしれない。
『何でも言って。もっと甘えて』と枕元で頭を撫でると、恥ずかしそうに『じゃぁ、寝るまで、手、握ってて』と。
『ボクは生理中でも一向に構わないよ』と言いそうになったのを必死に堪えたのは言うまでも無い。

その後も“お友達”とやらに会った日は必ず報告もするし、話した内容も何分くらい話していたのかも報告してくるので、怒る事も出来ない。
その代り、うっ憤を晴らすかのように営業スマイルを使いまくり、金持ちのおばちゃまにジュエリーを色々買わせた。
父に、『ホスト』とあだ名を付けて遊ばれていた事も気に留めなかったが。



ーーー2月に入り、授業中にひまわりから『ここ数日、公園で同じ女が智風を見ている』と耳打ちされた。
詳しく聞けば遠巻きに見ている状態で、後を追いかけたりしている事は無いという。
女の特徴は明美と同じ。
やはり、智風に接触するつもりだが、まだ仕掛ける気は無い、というのか。
『たまたまかもしれないから、もし、その女が智風に接触する様な事があったら教えて』とだけ返し、気に留めていない素振りを見せておいた。

さて、本格的に調査会社の方を探さないといけない。
自分は自分の人脈を築いておかなければならないので、いい切っ掛けだ。

バイトの休憩中にコーヒーを口に運んでいると、客の忘れ物籠に放り込まれている雑誌に目が留まった。
暇潰しに6冊ある雑誌を取出し、ページを捲って行った。
その中の1冊に『速報!スクープ!内閣総統府の閣僚の妻、IT企業のワンマン社長とW不倫!!』という見出し。
このスクープをモノにしたのは30代半ばで調査会社を経営している男性だ、と紳一が口にしたのを思い出した。
そこに

「匠馬、例の御嬢さんが来るってよ」

ひょっこりと顔だけ覘かせる父。
“ご愁傷様”と書いた顔に、思いっきり落胆した顔をして見せ、コーヒーを飲み干す。
校長の娘、従姉の友人なのだが、やたらとネックレスを試着したがるお客さんだ。
君の首筋見ても欲情しないんだよね。

「あ~、今日は早く帰ってくれるといいんだけどな~」

大きくため息を吐くと、タブレットを口に放り込み、店内に戻るのだった。



「ーーーありがとうございました」

1時間たっぷりとお喋りに付き合わされたが、今日はまだいい方。
匠馬目当てで来るお客が居なかったから。
たまに、この御嬢さんが居る時に上得意様などが来店、となった時は、匠馬がとられる事が気に喰わない、とソファーに腰掛けたまま何度も匠馬を呼ぶのだ。
その間も店に居るし、他の客が帰ってからも気が済むまで居るので、休憩も摂れやしない。
『可愛い』と言った一言に乗せられて、御嬢さんはバラをモチーフにした普段用でもイケるネックレスを購入。
中心にダイヤをはめ込まれて200万円強するが、そこそこの品物を購入してくれたので、店の外で微笑みながら客に頭を下げ、見送る。
『また来る』の一言はいらない、と心で毒吐きながら空を見上げた。
雪雲になりかけている。

「…寒い訳だ」

吐いた息が白くなり、直ぐに消えていく。
さて、閉店時間まで後、15分。
お客さんが来ないと良いけど、など思い、何気に道路を挟んで在るコーヒーショップを見詰めた。
最近販売したマフィンが美味しい、と評判だ。
今日のお土産はそれにしよう、と思いを巡らせていたのだが、ガラス越しにこっちを見ている女性にため息が出た。
店まで追って来る様にもなったか。
気付かない振りをして店内に戻る。

そして、閉店準備に取り掛かり、父の車に乗り込んだ。

智風のアパートに近いスーパーで降ろして貰い、籠を持ち店内を回る。
やはり、紳一に例の調査会社の男性の事を聞こう、とスマホを取りだして耳に当てた。

「…あ、匠馬だけど。あのさ、前に閣僚の妻とIT企業社長の不倫ネタをスクープした人の事、言ってたでしょ?」

『お?おう。滝本か?』

「名前は知らないんだけど、30代半ばで調査会社を経営しているって言ってた」

『滝本や。滝本がどないしたんや?』

「あのさ、紳一さんその人と知り合い?」

『知り合い、やけど?』

「連絡取れたりする?」

『…。何や、揉め事か?』

「違うよ。智風のお爺さんの事を調べて欲しくって」

『分かった。とりあえず、連絡入れてみたるわ』

「ボクの連絡教えていいから。あ、聞いてくれるだけでもいいし」

『了解。今から仕事やから、明日でも連絡してみたるわ』

「ありがとう。お願いします」

お礼を述べ、通話を切る。
紳一の知り合いならば、ハズレは無い。
今後のお付き合い、が出来る事を祈らなければ。

レジで精算を済ませると、何時も居るおばちゃん店員と少しだけ会話をして、スーパーを後にした。

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