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【創作大賞2024 恋愛小説部門応募作品】好きになったらダメなのですか?#29

29:繋がる

「よく似合っとるのう」

「やだぁ!本当。私が選んだだけあるわぁ〜♪」

きゃっきゃ、と手を叩いて喜ぶマスターとデジカメで私を撮影するおじちゃん。
状況が読めずに私は呆然と立ち尽くすしかなかった。

「え?え?えぇ!?もしかして、お見合い相手って、マスター!?」

「「まあまあ、座って」」

周りが見えていない私は、自分の両親が居ない事にも気付かず、言われるまま彼らの前に座った。

「気に入って貰えたかしら。慶史と一緒で細身だし切れ長の目をしてるから、淡い色はどうかと悩んだんだけど、似合うわ〜〜〜♪あら。嬉子ちゃん。折角、可愛い指輪もしてるのに、ネイルくらいしなきゃ。あ、それでね、嬉子ちゃん。単刀直入に言うわね。…俺と結婚しないか?」

急に男言葉になり、私は心臓が飛び跳ね顔を赤くしてしまう。
マスターの男言葉なんて初めて聞いた。
何だ、このボイスは!と言いたくなる程、腰に来る!破壊力、半端ねぇっ!

「儂は邪魔者じゃのう。では、若いモノ同士で、」

とおじちゃんが立ち上がろうとした瞬間だった。
バン!とけたたましい音を立てて、襖が開き

「先輩!人の女で遊ぶのは止めて下さい!社長も!」

蟀谷に青筋を立てた課長が立っていた。

「え!?え!?えぇーーー!?な、何で課長が日本に居るんですか!3年は中国にっ、」

「黙れ!」

「南ぃ〜、女の子をそんなに怒っちゃ・ダ・メ・よ?」

「何でおふたりがこんな処に居るんですか!」

「ランチしてただけよ?って、伯父とランチもしちゃダメなのかしら?」

「「伯父!?」」

ニコニコと笑う2人。
子どもがいなかったおじちゃんはマスターを子ども同然に可愛がり、たまに2人で食事に行く間柄なのだという。
ここに来ていたのは本当に偶然で、私がここに入って来るのが見えたのでちょっとドッキリを仕掛けたのだと。
でも、この着物は退職祝いにマスターが慶史と2人で贈ってくれたものだと知って嬉しくて後日、お礼をしに顔を出しに行く約束をして部屋を出た。(正確に言えば、引っ張り出された)


「い、痛いですっ、課長!」

着物で動き辛いのに引っ張られる為、何度も転びそうになり、ようやく止まってくれた部屋の前で私は頭ごなしに怒られた。

「勝手に仕事辞めやがって!携帯は解約してるし!どれだけ心配したか!俺はなぁ、元々3ケ月しか行かない予定だったんだよ!」

「3ケ月で帰って来るなんて一言も言ってなかった!」

「だが、3年とも言わなかっただろうが!」

「で、でも!お父さんの借金が苦しくって、」

「はぁ!?借金?ある事はあるが、借金っていっても家のリフォーム代を払ってるくらいだ!」

「でも、でも、スーツも新調した様子も無かったし、お昼ご飯だって抜いてたり、」

「流石に外商に来て貰ってスーツ作ると数万じゃ足りねーだろうが。だから、コスト抑える為にチェーン店で新調するようにしたんだよ。それにな、この年になると代謝が悪くて太りやすくなるし、」

「だって、あの令嬢がっ、わたし、何千、万もあると、思って、わたしはっ、なにも、して、あげられないからっ、ふっ、ぅ」

「何千万とあったら自己破産した方が早いに決まってるだろう……ったく、簡単に騙されやがって。確かにそれを返すのに仕送りしてたが、節約で金を溜めてた訳であって、」

「…く、っ」

「あぁ、もう、泣くな」

長い腕が伸びて私を優しく包み、半年ぶりの課長の匂いが嬉しくて、しゃくり上げて泣いていた。

「俺は日本に戻って来てから本格的にお前を口説くつもりでいたんだ。それなのに、日本に帰ってきたらお前は黙って居なくなってるし、本当に心臓が止まるかと思った。実家に電話をかけたら、お前の親父さんに怒鳴られたよ。仕事を辞めて帰って来たはいいが、毎日泣いて食事もロクに摂って無いってな。…たまたま見てしまったんだと。お前が手紙見て泣いている処を」

塞ぎこんでいた事を気づいていたのか…。
休日になる度にあれこれと連れて出てくた父の行動に納得でき、そんな心使いをしてくれていた事が嬉しくて、また涙が…。

「あの令嬢の運転手してた男が2ヶ月前だったか、頭下げに来たんだよ。お前に暴力ふるって仕事を辞めるように脅したって。それで、プロポーズを断った理由も辞めた理由も繋がった。…御免な、俺のせいで」

必死で首を振る。
空回りしてしまったのはお互い、言葉に出す勇気が無かったから。

「本当に痩せたな…。俺の母親は物心ついた時から仕事をしてたから、ガキの頃は淋しい思いをして来た。だから、結婚したら嫁さんには家に居て欲しいって願望があってな。それに、お前が結婚したらマンションじゃなくって一戸建てに住みたいって言ってたの思い出して、ローン少なくするために金を貯めてたんだよ。指輪は、その…好みがあるのと普段使いする奴もいるって愛子に聞いて、どんなのがいいか分からなくって迷ってたら中国行の話が早まってな」

胸ポケットから出されたビロードの箱。
その箱の中には、先日、鮎川君のジュエリーショップで見た指輪が入ってた。

「それ、この前、私が欲しいって言った指輪…」

「店長の鮎川は、中学からのダチなんだよ」

「え?副店長って書いてたけど」

「表向きな。まぁ店をやってくって事は色々あんだよ。お前が欲しい指輪を婚約指輪にしたかったから、あの店に行く様にお前のお袋さんに協力して貰った。お袋さんとは帰って来てからちょくちょく連絡取ってたから、快く了解してくれたしな。あー、もう、細かい事はあとでゆっくり話す。嬉子、もう放したりしないから、ずっと側に居ろ」

「は、い…」

左手の薬指にダイヤが散りばめてある指輪が課長の手で填められる。

『嬉子さんは、ああいった感じの指輪が好きなんですか?』
時間を持て余し、ショーケースを見ている時、鮎川君が不意に話しかけてきた。
その時の指輪。
私の好きなタイプでもあるが、課長の指に似合いそうだと思ったのだ。
『うん、好き。…好きな人とお揃いでつけられたらいいな…』

その指輪が自分の指に填められ、喜びでまた視界が歪む。
課長の大きな手が頬を包み、視線が合わさる。
ゆっくりと顔が近づいてくると同時、大きい咳払いが聞こえ、私達は我に返った。

「10歳も若い娘さんと聞いていたが、幸司…。お前、こんな若くて綺麗な御嬢さんをたぶらかしたんじゃないだろうなぁ」

「貴方、もしかして、脅したんじゃっ!息子ながら凄い事するわね!」

「親父!お袋!人聞きの悪い事言うな!」

「10歳くらい離れてても反対はしないのねぇ、お父さん。早く言って欲しかったわ〜。っで?幸司くん。式は何時するの?」

「お、お母さん!?」

「そうですね。もう、式場は押さえてますし、案内も何時でも出せます」

「ま、まって!式場も押さえてるって、」

「おい、幸司。こんな処で立ち話は失礼だろう。井之頭さん、とりあえず中で。嬉子さんも着物だから疲れてるでしょ」

そう言って課長のお父さんが襖を開ければ、中には慶史と出来上がっている(多分)課長の弟さん。
慶史もいると言う事は、絶対、マスターとおじちゃんがココを選んだのはワザとだ、と舌打ちしたい気分になった。


そして、私ひとり置き去り状態で和気藹々(勿論、慶史は課長と目を合わさないけど)と結婚式の話が進んで行ったのは言うまでもない。


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