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【創作大賞2024 恋愛小説部門応募作品】夫に嫌われてると分かりまして。#7

7:天国から地獄です!

あの1件以来、私達の関係はとても気まずい、というよりも最悪な感じになってしまった。
『おはよう・おやすみ・いってらっしゃい・おかえりなさい』
起きてきたら声をかけても、寝室に行く前に声をかけても、仕事に行くのに声をかけても、帰って来てから声をかけても、佐和田くんから返事が返って来る事はないのだもの。
挨拶もろくにして貰えないのに、会話なんてあったもんじゃない。
休みの日、同じ空間に居てもTVから流れる音だけが永遠と聞こえるだけで、1日が終わって行く。
部屋にTVがないからお互いどうしてもリビングに来て、いろいろとやってはいるけれど…。
もしかしたら謝るチャンスをくれているのかもしれない、とか考えてはみるものの、なかなか『ごめんね』の一言が口から出て来なくって、佐和田くんが居なくなってから誰も居ない部屋で泣きながら謝る。

「もう、月1回のデートもしてくれなくなるよね…。私の事、嫌いになっちゃったよね…、口も利きたくないんだもん…」

そう思うと悲しくて、悲しくて。

「どうしよう、嫌われちゃった…、佐和田くんに嫌われちゃったよぉ…」

潜り込んだベッドで声を殺して泣きまくった。

あれだけ楽しく面白かったバランスボールも乗る事が無くなって、ウォーキングも止めた。
例の人に返事をしてないのが気がかりだけれど、私なんかよりも若くて気の利いた子を雇った方が賢明だ。
仕事だって、私がやりたくても、佐和田くんに反対されたんならやる意味が無い。
意に反してまでする意味は無いもの。
ご縁がなかったと思えばいい、と自分に言い聞かせて忘れることにした。

夜、10時過ぎて帰って来るかも、と部屋を出て待ってみたけど日付が変わってもやはり玄関の戸が開くことはなかった。
夜遅いだけでなく、泊まり込みで帰ってこない時もあるって言っていたのは分かっていたけど、本当に帰って来てくれないと寂しくて、布団を部屋から持ってきてソファーに横になる。

「何やって行けばいいんだろう…」

泣き疲れて、いつの間にか眠る。

佐和田くんの為にご飯を作る事も、お菓子を作る事も出来ない。
彼に食べて貰えないなら、作る意味がない。

何もしなくなった私は、家でただただ、ぼんやりと佐和田くんの帰りを待つだけになった。

―――気まずくなり、早2週間。
漸く来た日曜日に、私は胸を躍らせた。
ずっと仕事でほとんど家に居なかったし、ずっとあんな調子だったし。
これを逃すわけにはいかない!と意気込んでみたけど、どうやって仲直りするのか分かんなくなってしまい、とりあえず後ろを着いて回っている。
完全にストーカー。(自覚有)
トイレに行こうと席を立てば後ろからついて行って、戸の前で待ってる。
お風呂に入れば出てくるまで脱衣所の前で待機して、入れ替わりに入る。
そこで思いっきり佐和田くんの匂いを嗅いで、幸せに浸ってみる。
だが、私のそんなヘンタイ行為に佐和田くんは一向に気付くことなく、寝室へ。
『今朝こそは!』と頑張って朝からストーカーしてみたのに、やはり気づきもせず無言のまま会社に行こうとして、思わず涙がでた。

「っ…ふ、う~~~!」

「な、なんだ!?ど、どうした!急に泣き出して!」

「だ、だって、佐和田くんと話、できないんだもんっ!佐和田君、口、きいてくれないんだもん!昨日だって一日中、後ろついて回って、ストーカーしてたのに、全く気付いてくれないんだもん!佐和田くんが好きなんだもん!もう働きたいなんて言わないから、機嫌なおしてよぉ!」

「…あ、」

少し驚いた顔した佐和田くん。
あれ?もしかして、怒ってた事、忘れてた、とか?

「あー、あのさ、…その、マンションだってさお互いの貯金と親からの援助で支払いも終わってる訳じゃん。子どももいる訳じゃねーし、切羽詰まっても無いから働く必要は無い訳んじゃねーかなって思うんですよ。…うちのお袋、病気する前は仕事しててよ。子どもながらに家に帰ったら誰も居ないのが寂しくって。だから、俺、時々不規則になるじゃん。それで帰った時に、…あー…お前が居ないのが淋しいから、その、家に居て欲しい…」

「うん…」

「…それに、あのカフェって店長、男だろ?だから、その察してくれよ…。いや、俺が悪かった。ごめん、怒って」

「私も、…考え無しにごめんなさい」

「…野乃」

「え?」

初めて佐和田くんが私の名を呼んでくれ、驚きの余り涙でぐしょぐしょのまま顔を上げれば、ちゅっとリップ音響かせるキス。
何が起こったか理解出来ない、というよりも驚きの余り固まってしまった。

「…」

「仕事落ち着いたらどっか、旅行でも行こうか。お前の好きな処。考えとけよ。じゃあ、行ってくるな」

くしゃっと私の頭を撫でて、佐和田くんは照れ笑いして出て行く。
後姿を見送った私は、嬉しさとパニックで何時間もその場に突っ立っていた。

『佐和田くん、佐和田くん。明日は電車デートしよう!』

『明日は仕事』

『ひでぶ!』

『嘘だよ。で?自分から言って来たって事はどんなプラン考えてるんだろうなぁ』

『もっちろーん!えっとね、電車で〇〇駅に着いたら果物がたくさん乗ってるっていう有名なソフトクリーム食べて、そこから少し歩いて博物館と〇〇城に行って、通りの向かい側にある動物園に行くの!』

『お前にしちゃぁ珍しいくらい調べてるな』

『ふっふっふ…。何時も佐和田くんが決めてくれるからね!たまには私がエスコートする番なのだ!』

『気合入りまくりだな…』

ガイドブックを2人で覗く。
雨降って地固まった的な感じで今まで以上に仲良くなっった私達は、お休みの日は早起きしてお出かけするようになった。
私が作ったお弁当を笑顔で食べながら『美味しい』と言ってくれる。
それが嬉しくって毎回張り切るのだった。

「もう、毎日が新婚気分(キラ☆)」

なんてポーズ取ってたら、3度目の結婚記念日がやって来た。

今日は朝から会社の人達にも食べて貰おうとバレンタインチョコ(チョコトリュフ)を作っている。
というのも、この前、誰かの奥さんが差し入れに来た話をしていたので、是非とも私も差し入れに行きたいのだ。
前に差し入れに行きたい、と言うと滅茶苦茶反対されて、泣く泣く諦めたのだった…、けれども‟内緒で会社に行って驚かせてみよう”作戦で、お昼に訪問しようと思っている。
まぁ、反対されたのは結婚する前と結婚1年目だったし、時効だよね。
佐和田くんがだ~~~い好きな、チョコトリュフを持って行けば大丈夫!(ご機嫌取りの準備は出来ている。ニヤリ)

そして!そして!
夕方はこっそり予約した和食のお店でお祝いをするんだ!
だって、だって、3年目だよ?
結婚3年目だよ?佐和田くんの奥さんになって3年目!

「はっ!既にこんな時間!いかんいかん!佐和田くんに会う時間が少なくなってしまう!」

出来上がったチョコトリュフを箱に丁寧に置いて、数を数える。
部署も分かんないし、人数がどれくらい居るのかも分からないけど、50個くらいあれば1人2個は行き当たるだろう。
お店のようなラッピングは出来ないけど、そこそこ上手く包めるつもりなので、これから気合入れてラッピングをしよう、と用紙を机の上に広げた。
すると、サイレントにしていたスマホが震え思わず2度見。

「おんやぁ?佐和田くん???」

相手は佐和田くんなのだが、彼は余程の事が無い限り電話をかけてる事が無い。
忙しいのと電話は苦手、というので用事がある時はメールだから。

「何か急用なのかな?…もしもし?さわ、」

『―――で、上手くいってんの?貴方達…』

「…え?」

しかし、聞こえてきたのは艶のある綺麗な女性の声で、私は慌てて着信名を確認した。
だけど、名前はやはり“佐和田くん”。

『…という事は、気づかないで押してしまった、という事…?』

慌ててスマホを耳に押し当ててみると、2人の会話は、すでに変わっていた。

『付き合ったのは、3年だけど―――――、本当に色んな処に連れてってくれたよね?――――――、あ、あそこ覚えてる?――――――――――、』

付き合っていた頃の思い出話に。
といっても、女性の方が一方的に話して、佐和田くんは黙って聞いているようだけどちょっとよく聞き取れない。
勿論、聞き耳を立てるのはよく無い事だ、と思っていても、耳に押し当て直したスマホを放す事は出来なくって、私は息を殺して会話を聞いていた。

『…驚いた。私と別れて2ケ月で結婚したんだって?別れて2ヶ月しか経ってないのに?超、驚きなんだけど』

『別れた後だし、問題も無いだろうが』

『―――――、で、でもさぁ、子どもが出来てたかも、とか思わなかったの?』

『お前、ピル飲んでたじゃねーか。それに、俺は必ずゴム着けてた』

『やだ。そんな事、覚えてたの?もう、そんな怒らないでよ。冗談よ』

くすくすと女性が笑う。
固唾を呑んで聞いていると、女性がまた話し始める。

『でもさー、知トモってベッドの中では激しかったよね。私が付き合った男の中でダントツだったわ。…今でも忘れられないくらいよ』

『……』

それに対して佐和田くんは何も言わない。
佐和田くんはどんな顔をしてるんだろう、と急に不安になってきた。
こんな話をする、という事は、やっぱり2人っきりなのか。
その途端に胸の奥がぎゅーっと鷲掴みされたような痛みが私を支配する。

『------、で、----なひーーーー。ーあいーーーーしーーーー、--------』

急に声が途切れだして、私は必死で耳を澄ませる。
電波が悪いのか、上手く聞き取れない。
暫くやきもきしていると、ようやく2人の声がちゃんと聞こえ出した。

しかし、私は聞き耳など立てた事を本当に後悔した。

『-----、仕方ねーだろ、しつこかったんだから。こっちだって迷惑してんだ。猫なで声で“佐和田くーん”とか言われながら近づいて来られてみろ。本当、気持ちわりーから』

『うわー、酷い事言うのね~』

『3月でサヨナラするから、いーんだよ。その為にこっちだってご機嫌取ったりしてんだからよぉ』

『ふふふ。私、知嗣のそういう処、大好きだったんだよねー』

『それはそれは、アリガトウゴザイマスー』

ぶっきら棒にお礼を言っている様に見えるが、満更でも無いような声。

「……………」

それとは反対に私は重いため息を吐いて、こちらからスマホの通話を切った。

佐和田くんは私の事、しつこいって思っていたんだ。
気持ち悪くて、迷惑してたんだ。
サヨナラしたかったんだ。

頭の中が真っ白になって暫くの間、チョコトリュフをぼんやりと眺めていた。


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