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【創作大賞2024 恋愛小説部門応募作品】好きになったらダメなのですか?#7

7:年下の男の子

「本当、ごめんなさい。開店前に乱入しちゃって。あ〜、でも、泣いたらスッキリした」

温かいおしぼりで目元を拭い、私は大口を開け、ケラケラと笑って見せた。
店の制服に着替えて出て来た慶史は、そんな私に腑が落ちない、と言った顔で近寄って来る。
自販機で買って来たのだろう、私が好きなレモンティーを手渡され、嬉しくて目じりが下がってしまう。

「なぁ、姉貴。その会社に何時まで居る気だよ」

「何時までって…、んーと、辞めるまで?」

「姉貴!」

「怒んないでよ。まだ辞める気なんてないから、心配しないで」

「辞めねーから、心配してんじゃねーか!あのけ下種ヤローだって、課長だって!姉貴を莫迦にし過ぎだろ!」

声を荒げた慶史にマスター兼慶史の恋人・康彦やすひこがクスクス笑ってやって来た。

「ほらほら、慶。外の準備してきて、ね?」

「…」

慶史はふくれっ面しながらも、私に新しいおしぼりを手渡すとドアを出て行く。
私はその後姿を見送り、カウンターに入ったマスターの方に視線をやった。
40歳になるこのマスターは、見た目(身なりもだが)ヤクザっぽいのに、口調はオネエで、慶史の…恋人。

始めは信じられずにいた。
だって男同士だし、今迄、慶史は女の彼女が何人も居たし、ゲイ、という訳でもなかった。
しかし、このバーに務めて2年目の春、カミングアウトされた。
『マスターの事が好き』と。
本人もかなり悩んでいて、かなり葛藤して、慶史から告白して、マスターを口説き落としたのだと。
流石に、どちらが受け、なのかとかは聞けないが、私は2人が幸せならそれでいい、と思っている。
だから、彼らの関係に口を出すつもりも無いのだから、慶史にも出して欲しくない。

その気持ちを察してくれたか、マスターが慶史を外に出してくれたのは、本当にありがたかった。

静かに私の前にグラスが。
カウンターのカシスグレフル マティーニに、私は目を輝かせた。

「あ…、ありがとう!」

このカクテルは疲れている時、私が一番最初に頼むヤツ。
マスターはふっと笑い、また準備を始めた。
見た目怖いけど、笑った時って何だろう、可愛く感じてしまう。

そして、黙って私が話始めるのを待ってくれる処とか、本当に大人だ。

1杯を飲み干すと

「皆、脇谷が私に嫌がらせしている事知ってるのに、誰ひとり、弁護してくれる事はなかったの。まぁ、何時もの事だけど、でも、課長だけは、私を信じてくれた。もう、それだけでいいかなって。…来週には謹慎も解けるしから、誰も文句言えない位仕事してやるんだから」

ガッツポーズを取ってみせた。
ウジウジしているのは私らしくない、と見せつける為だったが

「自分を見てくれない男の為に?」

優しい口調だが、かなり手厳しい言葉に苦笑いを浮かべるしかなかった。

「望みは無いけど、私、やっぱり、課長が好きなの」

「…そっか」

「でも、…片想いって、キツイね…」

「そうね。…でも、」

「でも?」

「告白もしなくって終わり?」

「…課長、お見合いしたんだって。あれから何も言ってくれないし。…私なんて、眼中にないし、」

「一度くらい、気持ちを伝えても良いんじゃないの?」

「無理、だよ…。気持ち伝えたら、居心地悪くなるよ。周りがどんなに私の事嫌ってても、課長が私の支えになってくれてるの。この支えが無くなったら、私、」

支えが無くなるって言う事は、私に対して嫌悪感を抱くのと一緒の事だ。
それだけは、絶対に避けたい。

「課長にだけは、嫌われたく、ないのっ、」

止まったと思っていた涙がまた、目から溢れ出る。

何時の間に、こんなに弱くなったのか。
嬉子ちゃん、とマスターが私に手を伸ばし掛けた処で、けたたましい音を立てて入り口が開いた。

「嬉子さん!」

マスターは、まったくあの子は、とため息と吐いた。
驚いて顔を上げると、其処には息を切らした若い男性。
慶史の友人の野上のがみ誠一郎せいいちろうが居た。

彼、誠一郎は県内で有名な建築資材を扱う会社の息子で、その仕事に誇りを持っている素敵な青年だ。
高校・大学とモデルのバイトをしていただけあって、身長も高く、顔も良い。
高校で慶史と同じクラスになったのが切っ掛けで、私も仲良くして貰っている。

「誠一郎くん…」

「嬉子さん、とりあえず、コレ、着て下さい。っはぁ…。マスターも、何で、また、泣かせるような事…」

誠一郎は臆する事無くマスターを睨みつける。

「やだぁ、私のせい!?」

態と驚いて見せるマスター。
ギャップが可笑しくて、つい、笑ってしまう。

「コーヒー臭くなっちゃってますから、早く着替えて来て下さい」

そう言って、今しがた買って来たであろう服を私に押し付けて来た。

「え?いいよ。もう帰るから。それに、こんな高い服頂けない」

見て分かるブランドの紙袋。
やんわりと断ろうとするが、誠一郎は口を一文字にして首を横に振る。
一度言い出したら聞く耳を持たない誠一郎。
へタレキャラなのにこういった処だけ、強引だ。

私は困ったように笑い

「じゃあ、借りるだけね。貰う訳にはいかないから」

袋を受け取る。
これが一番無難な選択肢だから。

「マスター、奥、借りても良い?」

「えぇ。入ったらちゃんと鍵掛けるのよ?」

私は誠一郎の行為に甘えるべく、着替えをする為に奥の部屋に入って行った。

誠一郎を呼んだのは慶史だという事は分かっている。
そして、誠一郎が私に好意を寄せている事も。
だけれども、その想いに応えるつもりは今のところ無い。
課長が結婚などして、本当に手の届かない人になるまで、彼だけを想い続けていたいから。
それに、誠一郎は若く、私への感情は一時的なモノだと思っている。

渡されたブランドの紙袋に入っていたのは、ハイネックのAラインワンピース。
スカートがプリーツになっており、歩くたびふんわり広がる大人なワンピースだった。
今着ているスーツが2着買えてしまう値段のワンピースに、目が飛び出そうになり何度も値札を見返す。

『…また、こんな高いワンピースを。』

スーツを脱ぎ、ワンピが入っていた透明のビニール袋に脱いだスーツを入れて、ワンピースを被る。

『…それに、服に着られるってこの事だ。』

胸があればもっと素敵なのだろうが、胸がちょいと足りない。
それかモデルでも着ればいいだろうけど…。
美人でもなく、スタイルが良い訳でも無い私には勿体無い、いや、荷が重い代物だ。

『…やっぱり、これは慶史から返して貰おう。』

髪を撫でつけ店の方に出て行くと、待ちわびた顔の誠一郎が出迎えた。

「やっぱり、嬉子さんにぴったりだ」

そう言って喜んでくれるが、少し困ってしまう。
何時も私が座るカウンター席に座ると、誠一郎も横に座りにっこりと微笑んだ。
モデルをした頂け合って、笑顔の破壊力は半端ない。

「マスター、ヘネシーVSOP正規をロックで下さい。嬉子さん、何飲みます? 」

「そう、ね。私はキール・インペリアル飲みたいな」

「はいはい。もう、いいご身分ね。こんな時間から飲んで」

マスターの言葉に私達は顔を見合わせ、肩を竦めてみせる。
そこで慶史が店回りを終えて入って来ると同時、店の電話が鳴った。

「慶。ヘネシーVSOP正規のロックとキール・インペリアルをお出しして。…お待たせしました。crescentです」

受話器を取ったマスターのかわりに慶史がカウンターに入り、水で手を洗いながら私の方を見た。
着替えたのを確認すると安堵したのか、

「それ似合ってる」

と。
弟ながら本当に可愛い奴だ。
慶史に褒められると何故だか嬉しくて、

「誠一郎くん、ありがとう」

満面の笑みを浮かべてお礼を言っていた。

酒の準備を始めた処で、あ、と誠一郎が声を上げたものだから、私は慶史の方から何事かと彼の方へと視線を移した。

女としては酒に強い方。
この程度の酒、2〜3杯で酔う事も記憶を失くした事も無いのだが。

「この前、嬉子さんがおススメって言ってたDVD見たんですよ」

「あ、どうだった?感想聞きたい!」

それから誠一郎とDVDの話しをしたまでは覚えている。



しかし、私の記憶はそこで途切れてしまった。


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