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【創作大賞2024 恋愛小説部門応募作品】好きになったらダメなのですか?#28

28:ピアスと指輪
※駆け足で話が進みます。


泣いて、泣いて、泣いて。
只、ひたすら泣いた。
忘れる事は出来ないから、あきらめる為に。

そして、課長を中国へ見送った次の日、愛子には辞める事を伝えた。
勿論、激怒されたが、最終的には大泣きされた。
困ったけど、私の為に泣いてまでくれた事は嬉しかった。
昼過ぎに支店長に呼び出され怒られると思いきや、私は整理解雇という事になっていて今度は驚かされる事となる。
念の為、私が辞める事をぎりぎりまで皆には伝えないで欲しい、特に課長には帰って来るまで伝えないで欲しい、と頭を下げた。
中国部隊からは定期的にメールが来る程度、と言っていたし、他の人が知らなければ課長に伝わる事は無いだろう。

夜、barに向かい月末で実家に戻る事を伝えると、本当に辞めるとは思っていなかった2人はオロオロしていた。
帰り際、マスターに呼び止められ、私は意外な事実を聞かされた。
実はマスターと課長は高校・大学の先輩後輩で、月1程度で来ていた事。
慶史が課長を毛嫌いしていた事もあり、課長がbarに来る事は内緒にしていたのだと。
私もこのbarを知ったのは、慶史が勤めてからだし。
『1度2人でここのbarで呑みたかった…』と漏らすと課長も同じことを言っていたとマスターは淋しそうに笑い、最後にお疲れ様、とマスターはハグしてくれた。
もう、ここには来ない、いや、来れないけど『落ち着いたらまた来るね』と元気よく手を振ってその場を後にした。

ーーーそうして、仕事最終日。
愛子に最後くらい一緒にご飯を、と誘われて行ってみれば、サプライズの送別会をされてしまった。
最後だから皆、気を使ってくれているようで、『折角、課長がいなくなってアプローチできると思ってたのに!あの番犬、暫く帰って来ないのからその間にゆっくり口説き落とそうと思ってたのに!』とあまり話した事も無い先輩が絡んできた。
今迄の飲み会、課長・支店長以外私に話し掛けて来る人は居なかったので、嫌われていると思っていたが、番犬が怖くて皆、話し掛けなかっただけだ、と聞かされ驚いた。
私は嫌われていなかったのか…。
色々な感情で埋め尽くされるが、もうどうでもいい事だ。
『課長には帰って来るまで辞めた事、言わないで下さいね?』と言うと、『驚く顔が見たいから言わずにいる』と皆、意地悪そうに笑うので、私も釣られて笑ってしまった。
最後の呑み会を精いっぱい楽しみ、和気藹々とした中、皆に見送られて私はこの地を後にした。



ーーーーー
それから半年、私はスマホの電話番号を変え心機一転、本州を離れて四国で暮らそうと物件を探した。
本当はもっと地元に居たかったけど、約束は約束。
おじちゃんのお陰で退職金を多目に貰う事が出来たし、今迄の蓄えもあるので暫くは仕事をしなくても、(贅沢をしなければ)十分生活は出来る。
スーパーと駅に近ければ多少古くても大丈夫、という事で築30年の格安アパートをネットで見つけたので、来週ある友人の結婚式に出席したら四国に行く。
まぁ、皆には黙って行く事になるけれど…。

結婚式まであと2日、というこの日。
朝からテンションの高い母に付き合って買い物に出ていた。
というのも、母が指輪をリフォームに出したらしく、それを取りに行くというのだ。
しかし、店に着いて何処に出したのかを聞かなかった事を後悔した。
だって、2年前程に雑誌を騒がせたイケメン店員、鮎川君がいるお店だったからだ。
何故教えてくれなかったのか、と激怒したい気持ちになった事は言うまでも無かろう。

店に入ると眩しいくらいの笑顔で出迎えられる。

「いらっしゃいませ、井之頭様。お待ちしておりました」

45度の角度でお辞儀され、母は副店長である鮎川パパとカウンターに向かった。(鮎川君にそっくりだし、ネームプレートにも鮎川、と書いているので絶対パパだ)
残された私は敷居の高さに尻込みしてしまう。
ここの常連は金持ちばかりだし母が常連とは思えない、と目を泳がせていると何時の間にか隣には、鮎川君がいて鼻血を吹きそうになった。
緊張している私を高級なソファーに促すと、鮎川君は紅茶を淹れてくれる。
一つ一つの動作が素敵過ぎて見惚れてしまっていると、鮎川君は反対側のソファーに腰掛けて母が誠一郎に勧められここに来た事を話してくれた。
実は誠一郎と鮎川君が知り合いで、モデルのバイトをしないか、と誘いに来るのだという。

物腰の柔らかい話し方は誠一郎に似ていて、私の緊張も直ぐに解けて話し込んでいると、テンションの高い母が結婚式用のピアスを買ってくれる、と言うので早速、出して貰う。

「え?じゃあ、もう、お子さんが産まれるの?」

「はい。来年、出産予定です」

少し照れ笑いする鮎川君は本当に若すぎる(確か二十歳くらいだったはず)が、家族を養う父親だ。
年下なのに何故、こんなにしっかりしているのだろう、と感嘆のため息が出る。

「嬉子さんは、指輪とかされないんですか?」

鮎川君は一瞬だけ私の薬指を触った。
男の人でもこんな綺麗な指するんだ、と彼の指の長さと美しさに少し鼓動が早くなる。

「え?あ、あぁ。結婚式とかが無い限りしないなぁ…。あ、ピアス、これにしようかな」

ピアスを決めて指差せば、鮎川君はお揃いの指輪を出して来た。

「では、…ピアスとお揃いの指輪があるんです。これはプレゼントです。嬉子さんに素敵な出会いがあります様に」

そう言って鮎川君は私の右手の薬指にその指輪を填めた。
ジャストのサイズをはめ込むとは…。
恐るべし、鮎川君…。

しかし。

「こんな高い指輪頂けないわ…」

「大丈夫ですよ。お代はお父様から頂いております。お母様には内緒、という事だそうです」

こっそり、耳打ちされて驚いた。
父がこんなサプライズをしてくれるだなんて。
店に入らずにパチンコに行ったのはそのせいだったのか、とちょっと笑ってしまった。
母も鮎川パパとたっぷり話が出来て、大満足、といった顔をして店を後にした。
父と合流して車に乗れば、母と鮎川親子の話で盛り上がった。
わいわい、と話す私達を呆れた顔で見ていた父だったが、帰り着き私が腕にしがみ付くと、流石に照れ笑いに可愛い一面もあるものだ、と笑ってしまった。



ーーー
「ちょっ!何で着物なの!?私、ドレス用意してたよね!?て、はぁー!?お見合い!?何言ってんの?お母さん!?」

結婚式当日。
予定より早く起こされて訳が分からぬまま、私は着物を着せられていた。

「だって、言ったら貴女逃げるでしょ。だから、式が終わってからにして貰ったのよ」

「はぁ!?何時私がお見合いOKしたのよ!」

「何時って…。えーっとねぇ、確か…、帰って来て直ぐだったと思うけど…。貴女寝てたから」

思わず人生2回目のorzマークになりたくなった。
既に先方はその気になっているし、今日を楽しみにしている、と言われ、悲しいかな、私は着物を着る事になった。
しかし…。
着付けが終わると。鏡の前で手描きの(多分高い)着物を身に纏い、満更でも無い私がいた。
結婚式はやはり皆、ドレスで少し羨ましかったが、意外と着物は好評で写真を撮りまくって燥いだ。


そして、式が終わり夕方に行われる二次会の場所を聞いて私は足早に会場を後にした。
お酒が飲めないのは本当に辛く、二次会は飲みつくしてやる、と意気込む。

待っていた父の車に乗り見合いの場へ連れて行って貰ったのだが、部屋に入るなり私は素っ頓狂な声を上げてしまい、待っていた人は声を出して笑った。

「お、おじちゃん!?それに、マスター!?」


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