見出し画像

【創作大賞2024 恋愛小説部門応募作品】好きになったらダメなのですか?#6

6:事件

愛子から相談を受け、数日経ったある日の事。
最悪な事件ことが起った。

うちの支店には事務員が居ないので、私と愛子が交替に給湯室のお茶の葉などを補充している。
今月は私が当番で時間を見つけ給湯室で作業をしていると、そこに脇谷が現れた。
気付かない私に苛立ちを覚えたのか態と後ろで音を立て、そして、私が振り返ると同時、脇谷は思いっきり突き飛ばしてきた。
コイツは、何かにつけて突き飛ばす。
やる事にもレパートリーの少ない奴だ。

どん、と冷蔵庫に背中をぶつけ、痛みで顔を顰める私に脇谷は鼻を鳴らした。

「お前、まだ仕事辞めねーんだな」

「つー…、辞める辞めないは私の自由よ。それを下種ヤローのアンタにとやかく言われる筋合いはない」

私は脇谷を睨みつけ、鼻を鳴らし返した。
だって、こんな奴、怖くなんてないんだもの。

「俺が出世できないのはお前のせいなんだからな!」

「は?莫迦なの?脳ミソ沸いてんじゃない!?アンタが仕事しないのを上の人間が知ってるって事でしょ!?人のせいにしてんじゃないわよ!」

振られた腹いせから色々な事をされてきた。
“こいつは莫迦だから仕方がない”と思うようにしてきたが、もう、我慢の限界。
今日は専務が顔を見せに来るが、その前に彼の嫌がらせを告発させて貰おう、そう心に決めた。

その時。
支店長、課長の声が聞こえ、私は彼等が居る廊下に出ようとした、が。
いきなり脇谷は2人に用意していたお茶を自分に掛けると、外に聞こえるように叫んだ。

「あっちーーーー!井之頭!お前、何て事してくれるんだ!!!」

そして、私の手を力任せに叩き、支店長・課長2人の湯呑を床に落とした。

「きゃっ!」

ガシャーーーン、とけたたましい音を立て湯呑が激しく散らばる。
痛みで暫く動けず、私は叩かれた手を胸の前で握りしめ痛みをこらえる。

「----っ、」

そして、脇谷に講義しようと声を出そうとした処に、血相を変えた課長が現れた。

「どうした!」

「かちょ、」

助けを求めようと出口に向かう私を脇谷は押し退け

「聞いて下さい!南課長!井之頭が訳の分からない因縁つけて来た上に、茶をぶっ掛けたんですよ!」

濡れたスーツをアピール。
それを見た課長の顔が驚きに代わり、こちらを見た。
私は慌てて、違う、と首を振る。

「嘘、言わな、」

「どういう事だ!井之頭!」

反論しようとした私の声をかき消し、課長を押し退ける様に給湯室に入って来たのは、専務だった。

『…あぁ、絶体絶命。最悪な人が入って来た…』

そのまま私は会議室に連行された。

とぼとぼと3人の上司の後ろを歩きながら、この状態を脱却できる術は無いか、と頭を巡らせた。
しかし、密室での出来事に、目撃者は居ない。
お茶が掛かっているのは脇谷。
仕事が出来ない、いや、しない駄目社員だとしても、私の方が分が悪い。

会議室に入ると直ぐに専務の質問攻めが始まり、私は3人の前に立ったままその質問に淡々と答え

「私は脇谷さんにお茶をかけてなどいません。彼が自作自演でお茶をかけました」

それだけを延々と訴えかけた。

「彼女がそういった事をする人間ではあるません。私が証明します。以前から彼が彼女に嫌がらせをしていたのを知っています」

課長は何度も私を庇おうとしてくれたが、専務は聞く耳をも持ってはくれず

「お前には今週いっぱい、謹慎を言い渡す。今から帰れ」

そう言った専務は手元に運ばれて来たコーヒーを私にかけ、会議室を出て行った。
勿論、支店長は“何て事を仕出かしてくれたんだ”という目で私を見ると、専務の後を追いかけて行く。
ポタポタと落ちる雫に大きくため息を吐く。
息を吐き切るとポケットからハンカチを取出し、ジャケットとスカートを拭いていると

「すまない。役に立てなくて…」

課長は私の頭を撫で、自身のハンカチも貸してくれた。

「でも、俺は信じてるから」

「はい。…ありがとう、ございます」

目頭が熱くなり、必死で唇を噛み締めた。
抱き着いて泣けたらどれだけいいか。
こんなにも近くに居て、触れる事も出来ない事が余計に涙を誘う。

私は再度、課長にお礼を言い自分のデスクに戻ると他の社員が陰口をたたき始めた。

『…男もこういう処は女々しいんだよな。言いたい事があるんならハッキリ言いやがれ。』

データを保存するとパソコンの電源を落とす。
冬のボーナス、ご褒美として買ったルイ・ビトンのシールスPMにスマホを入れ、立ち上がると愛子が凄い剣幕でやって来た。

「…嬉子さんって最低な人だったんですね。こんな人が先輩だと思うと虫唾が走ります」

「言いたい事はそれだけ?なら仕事に戻ったら?やり直しの作業が山積みだよね?給料泥棒だって言われちゃうわよ」

小声で言うと、キッと睨みあげてくる。

「っ!」

しかし、反論できなかった愛子は悔しさで唇を噛んで、自席に戻って行く。
…脇谷は、にやけた顔で私を見ている。

『アイツには何と返してよいのやら。』

私は聞こえよがしにため息を吐き、部屋を出た。

コーヒー臭い。
早くクリーニングに出さなければ、と思っていると、玄関で支店長が仁王立ちしている。

「この度は大変申し訳ありませんでした」

「…今日、専務が来たのは、お前に昇進の話をする為だったんだぞ。それをお前は自ら駄目にする目真似をして…。この支店で初めて女の係長だったのに。俺の信用もがた落ちだ。本当にどうしてくれる」

私は頭を下げたままその話を聞き、支店長がその場を離れるまで顔を上げる事が出来なかった。

『…アイツは、脇谷は、私の昇進話を知っていたんだ。だから、この話が流れるように…。』

悔しくて、私は会社を出るとひたすら走った。
ピンヒールではないけれども、結構ヒールがあるプレーン・パンプス。
これで走るのは困難だったが一刻も早く会社から遠ざかりたく、慶史が務めるバーに駆けこんだ。


この時間、まだ、営業はしていないが、準備で店に居る。


カランカラン…、とドアにつけられたベルが鳴り、カウンターで準備をしていた男2人が振り返った。

「あれ?姉貴?どうした?こんな時間に」

「まぁ!嬉子ちゃん、泣いてるの!?」

2人は作業を放り出し、入り口で立ち止まった私に駆け寄って来る。
そんな心配そうな顔を見たら、私は我慢出来なくなり泣き出した。
子どものように泣く私を弟の慶史が抱きしめる。

「ご、ごめん…っ、じゅ、んびちゅっって、分かって、たんだけ、どっ…、行く、処、無くってっ…ごめんっ…ふ、うっ、うっ、」

こうなったら自分でも泣く、という行為を止める事が出来ず、私はひたすら弟の胸で泣き続けた。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?