その2 堅牢な神経・訴求
恋、普通の人として恋もして、直視したくない、普通の人として生きて、あの優しさで、たくさんの人に触れて、
あなたと接するときに、何も感じないようになりたい、
暗く曇った肌寒い日に、初めての駅、人気もない道、あったこともない人たち、受け入れられるかもわからない私、静かに人気を感じる廊下、あなたがいるかもわからないのに、あなたを探して飛び込んでいった私のあまりのおぞましさ、醜さ、加害性、陶酔、気色悪さ、に身震いして、邪魔な私、妖怪のような私、固まった私、遅れて入ってきたあなたは私を見つけて、それまでの穏やかだった気持ちを、驚きへ切り替え、ただでさえ大きなあなたの瞳を、もっと大きく見開いて。
一時期、あなたに殺してもらうことばかり願って毎日をやり過ごしていたことがあります。あなたが目の前にいるときも。
人と人とが手を携えて協力し、何かのため、あなたのため、喜びの内に一つの形をなしてやり遂げるということがどういうことなのか、私にはわかりませんでした。
なぜ覚えていてくださるんだろう? 私は現実を認識できないので、あの声の抑揚、なぜこの人は僕のことを覚えているのだろう、と驚いたり、どうしてこの人は何も覚えていないのだろう、そうだ私のことを覚えているわけではないんだ、私は望みすぎたと、たまらなく恥じ入ったり、心の距離の歪さを制御できずに、
強靭で堅牢な神経……。あの声、何事もないかのように穏やかに微笑むあなたの肉体には、目には見えないけれど、私を畏怖させるほど太い、大樹の幹と、地に張った根がある。私が大きく不格好な身体でいつも怯え、へりくだり、おどおどし、壁を感じ、情けなさでいっぱいなのは、ここなのです。
眠りから覚めるたびに、しびれるほど身体に浸透した過去と性と恋の侵入が全身に満ちて、私がまたその最中にいることを思い出す。いつも眠りだけが、忘れるな、本当に大切なことはなんだったか、忘れないで、思い出してと私に訴えかける。目覚めが恐ろしかったわけではないはずだけれど、またその純粋さの中にいることを知覚し、またただ純粋に透明になって、無音の真空に、その真実を放散させてゆくこと、その悲しみに付き合うことは許されていないような気がしていたのです。本当は、それをするために生きているのに、生まれてきたのに。私には現実の肉体がありました。まさにその肉体、私自身、私のすべてが静かに請うこと、それを満たさないことによって、満たそうと、私は追い立てられ、ちぐはぐで反転した空白の日常で死んだように惚けていたのです。
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