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秋の物語

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#ファンタジー要素薄め

塔の主人

 ヴュルガー塔、というものがある。
 大陸の西の端。一年を通して激しい潮風にさらされるその場所に立つ塔は、近づくものを拒むかのように漆黒一色で覆われている。さらには入り口も地面から浮いたところにあり、なんの準備もなく近づいたとしてもその玄関をノックすることもできない。
 それもそのはず、ヴュルガー塔は近づくものを拒むことが目的で建設されたものであり、ヴュルガー塔の主人であるナソコ・ヴュルガーが塔か

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前日譚

「秋の宝石欲しいなぁ」
 ふと呟かれた言葉に、その部屋にいた全員の動きが止まった。
 呟いたのは気だるげな女だ。その格好は露出度のかなり高い純白のドレスだ。だらしなく椅子にもたれかかった彼女の家名はカリリカ。彼女本人の名前は、この部屋にいる誰も知らない。
「ちょっといいかな」
 動きを止めたものの中で、最も早く動きを再開したのは、黒髪の大男だった。大男は、背格好から想像できないような丁寧な物言いで

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妻の求めるものを求めて

 客の誰もいない店内に、一人の男が入ってきた。店主である老女は、その男をちらりと見ただけで、それまで続けていた読書に戻る。口からは紫煙を燻らせ、とても客商売をしている人間には見えない。
 そんな老女が座るカウンターに、一枚のコインが置かれた。
 老女が再び視線を男に向ける。
「こんなことされてもうちは何も扱っちゃいないよ。たまたまうちの家名がopenってだけで。まったく・・・・・・。はた迷惑な話だ

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異種格闘は唐突に

 短剣。国によってその定義は違うだろうが、ここ、ピッツォでは、懐に入れてもその刃先が出ないもの、と定義している。そのため、短剣の用途は、護身用または暗殺者や侵略目的で潜入してきた敵対組織の者が懐に忍ばせ、己の身を守ることにその主眼を置いている。決して、そう、決して主武器となりうる物ではないのだ。
 かといって、この手の中にある物が唯一の得物であることは事実。
 短剣を握る右手に力を込める。ジトリ、

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キシカベ

前の話

 メイラがテンリにビンタをくらわせた。そんな噂が広まったのは、テンリが子爵城への登城が許されてからだ。もっとも、テンリが入城を禁止されていたのは午前中だけという極めて短い間であり、子爵城で働く人の中には、テンリが入城禁止になっていたことを知らない人も多い。
「いやいや!!本当ですって!メイラさんがテンリにビンタしたんですよ!!」
「まさかお前がそんなホラを吹く奴だとは思ってなかったよ」

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騎士と司祭と壁子爵 4

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「そういえば、どうして騎士にならなけれよかったなんて言ったの」
 無事、テンリの騎士号は復活し、これからも城での勤務が許された。バンワンソ子爵の執務室を退室し、テンリは騎士としての訓練を行うために、騎士と兵士が勤務する合同兵舎へ。メイラは司教としての務めを果たすために地下にある聖堂へと向かっていた。途中までは道が同じであり、意図的に分かれて向かう必要もなかったため、二人で廊下を歩

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騎士と司祭と壁子爵 3

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「うむ・・・・・・どうしたものか」
 テンリは鉄壁の前で腕を組んでその威容を見上げていた。
 その隣では警備の兵士が困った顔でテンリをチラ見している。昨日まで共に仕事をしていたため、相手の素性は知っているが、兵士に直接通すなと下達されているのだ。兵士もテンリの扱いに困っているのだろう。
「なぁ、ほんとにどうして俺を通したらダメか聞いてないのか?」
「はい。オレたちも命令されてから

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騎士と司祭と壁子爵 2

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 ほんとにあいつバッカじゃないの!?
 メイラは表面上はいつもの穏やかな笑みを浮かべつつ城内の廊下を歩きつつ、内心では荒れ狂う感情を感情のままに荒ぶらせていた。だって表に出さなければ誰の迷惑にもならないし。
 もっとも、そう思っているのは本人だけであり、その荒ぶる感情はメイラの体を突き抜けてその身を覆っており、すれ違う人すれ違う人皆が皆思わず一歩壁際により道を譲る有様だ。
 両親とた

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騎士と司祭と壁子爵

次話

「秋風に吹かれて佇む城の外。思い思うは城の中。後悔すれども入城叶わず」
 秋晴れの空の元、拍子にのせて歌う男がいた。銀髪のその男は、目の前にそびえるようにして佇む鉄扉を見上げる。男の名はテンリ・ノマオシュロナ。目の前にある城に仕える騎士の一人である。

 バンワンソ子爵といえば、爵位こそそれほど高くないが、その治世の様は大陸の端に響き渡るほどの名君で知られている。しかし、子爵領の民たちの子

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トンボ狩り

「ひーでみーつくーん。いーきまーすよー」
 家の外から聞こえる声に、英光は出かける用意をするその手を早めた。
「もうちょっと待って!!」
「英光、もう出るかい?気をつけていってらっしゃい」
「うん。もう行く。大丈夫だよもう慣れたから。暗くなるまでには帰ってくるから」
 土間まで迎えに来た母とそれだけやりとりすると、英光は壁に立てかけてあったものを取って玄関をくぐった。
 家の外では、秋の日差しの中

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秋の1日 another side

 隣の家の方から聞こえる叫び声で浩二は目を覚ました。
 昔は日の出とともに目が覚めていたというのに、最近はめっきり目覚めが悪くなってしまった。それが顕著になったのは、妻を看取ってからか。もっとも、看取る、といえるほどのものでもなかったが。昔のことを思い出し、自重の笑みを口元に浮かべる。
 上体を布団から起こし、カーテンを開ける。そのついでに窓も開ければ、冬の近づきを知らせるかのように少し肌寒い風が

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