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音楽史年表記事編51.ピアノ・ソナタ創作史

 バロック期以前のソナタは、複数の楽章からなる管楽器や弦楽器の器楽曲という意味があり、ソナタに対して声楽曲はカンタータと呼ばれていたようです。従って、バロック期以前のソナタには、教会ソナタやトリオ・ソナタなどさまざまな様式があります。一般に、ピアノ・ソナタと呼ばれる様式は前期古典派期に大バッハの次男のエマヌエル・バッハによって様式化されたソナタ形式を含む楽曲が作曲されるようになってからです。プロイセンの宮廷に仕え、その後ハンブルクの宮廷に移ったエマヌエル・バッハは、父のセバスティアン・バッハの平均律による調律法、主題労作(主題変奏等)や対位法を駆使して、すでにイタリアで行われていた2つの主題の扱いやその展開技法を用いて、提示部、展開部、再現部からなるソナタ形式を理論化したとされます。ソナタ形式は交響曲などにも用いられるようになり、古典派期を代表する音楽様式となります。
 エマヌエル・バッハのソナタはウィーン古典派のヨーゼフ・ハイドンに引継がれます。ハイドンは声変わりによって宮廷少年合唱団を退団してから、苦労して独学でエマヌエル・バッハのソナタ形式理論を習得したとされ、当時のヨーロッパの作曲家の巨匠と呼ばれるほどの第1人者に上りつめます。
 また、9歳のモーツァルトはロンドンでクリスティアン・バッハなどから貪欲に新しい音楽を学んでいましたが、4手のためのピアノ・ソナタハ長調K.19dを作曲し、姉のナンネルとともにヘイマーケットのキングズ劇場小劇場で演奏しています。22歳のモーツァルトは母とともにパリを訪問しますが、パリで母を亡くし、ピアノ・ソナタ第8番イ短調K.310を作曲します。モーツァルトは音楽にこれほどの情感を込めたことはありませんでした。
 ベートーヴェンの時代にはピアノの改良は進み、ベートーヴェンは改良されたピアノを使って偉大なピアノ・ソナタ32曲を残します。ベートーヴェンは1812年に最も過酷な人生のどん底に突き落とされます。苦悩から歓喜へ至るには長い年月を要しましたが、ベートーヴェンは新たな境地に達し、ピアノ・ソナタにおいても後期様式のクラヴィーア・ソナタ第29番変ロ長調「ハンマークラヴィーア」Op.109などを作曲し、音楽史においてもロマン派への扉を開ける名作となりました。
 歌曲王シューベルトは多くのリートなどの傑作を残していますが、ピアノ・ソナタなどの器楽においても、短い人生のなかで多くの作品を残しています。ロマン派では、ショパン、シューマン、ブラームスが優れたソナタを残しています。この時代になるとピアノ曲の分野では幻想曲やバラード、即興曲、ポロネーズやマズルカなどの舞曲など多様な作品が作曲されるようになっています。

【音楽史年表より】
1765年5/13初演、モーツァルト(9)、4手のためのクラヴィーア・ソナタ ハ長調K.19d
ロンドンのヘイマーケットの小劇場においてモーツァルト一家の第2回演奏会が開かれ、姉ナンネルとともに初演する。2人の奏者の手が交差する箇所があるが、新モーツァルト全集の校正者ヴォルフガング・レームは「しばしばみられる両パート間の衝突はモーツァルトの書法が未熟なためではなく、この作品が2段鍵盤のチェンバロのために書かれたからだ」と主張している。(1)
1778年初夏作曲、モーツァルト(22)、クラヴィーア・ソナタ第8番イ短調K.310
アインシュタインによって「仮借ない暗黒に満ち」た「本当に悲劇的なソナタ」と評されたイ短調K.310のソナタはこれまでしばしば母マリア・アンナの死と関連させて受け取られてきたが、母の死と結びつく客観的な根拠はない。だが、もちろんそれを否定することもできない。いずれにせよ、ここでモーツァルトが、耳当たりが良くきらびやかに飾られた社交的な音楽などとは異質な新たな音楽のあり方に向けて一歩を踏み出している、ということについては疑問の余地がないだろう。(2)(1)
1818年秋遅く作曲、ベートーヴェン(47)、ピアノ・ソナタ第29番変ロ長調「ハンマークラヴィーア」Op.106
この夏から秋にかけてのよみがえった生命力の充温の時期にベートーヴェンが作曲していたのは、のちにピアノ作品の最高峰と呼ばれるピアノ・ソナタ第29番「ハンマークラヴィーア」(「グランド・ソナタ」)Op.106であった。そして、おそらくそれと同じ時期に絶望で始まって6年間続いた彼の日記は、次の文章をもって終わっている。ここには傾倒していた18世紀の宗教哲学者シュトゥルムの言葉を借りて、苦難の歳月の末にかちとったベートーヴェンの堂々たる心境が表明されている。それは、ハンマークラヴィーアのあの確信にみちた出だしと、なんと類縁性を感じさせるだろう・・・それゆえ私は、心静かにあらゆる変転に身をゆだねよう。そして、おお神よ!汝の変わることなき善にのみ、私のすべての信頼を置こう。汝、不変なる者は、わが魂の喜びたれ、わが巌、わが光、わが永遠なる信頼であれ!(3)
【参考文献】
1.モーツァルト事典(東京書籍)
2.作曲家別名曲解説ライブラリー・モーツァルト(音楽之友社)
3.青木やよひ著・ベートーヴェンの生涯(平凡社)

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