見出し画像

畑に住む幽霊!?作物に振り回される、とある農学博士課程の1日

こんにちは。博士課程で研究に励んでいるノソノソ(妹、東大卒)です。

先日、日曜日に大学に行ったら、どこからかフルートの演奏が聞こえてきました。大学って自由ですね。
私もミュージカルばりに突然歌いだして張り合えたら良かったのでしょうが、そこまでの勇気はありませんでした。

突然ですが、皆さんの身のまわりに博士課程の大学院生はいらっしゃるでしょうか?
大学院とは、大学を卒業して「学士」となったあと、より上位の「修士号」や「博士号」を与える研究機関のことです。私は大学に入るまで、大学院の存在すら知りませんでした。

東大の理系だと大学院に進む学生もままいるのですが、全国的にみると修士課程に進むのが全体の1割、博士課程に進む学生がまたその1割だそうです。

つまり、博士課程の大学院生は学士100人のうち1人。「会ったこともない」という人がいてもおかしくないでしょう。

「夜の大学をふらふらと歩く人影が幽霊だと思ったら、限界大学院生だった」
…という笑い話があるほど、「ずっと大学にこもっていそう」というイメージがある方も多いのではないでしょうか。

今回は、新聞記者を経験してから大学院生に戻った私が、謎に包まれた博士課程の生態に自ら迫ります。

まずは9月のとある水曜日のスケジュールを振り返ってみました。
どんな生活なのか、見世物のパンダを楽しむような心持ちで気軽に覗いていってください。

 ※はじめに申し上げておきますが、農学部で作物を栽培する大学院生はかなり特殊です


或る農学生の1日のスケジュール

AM4:30 起床

作物を栽培する農学部生にとって、夏の暑さをいかに回避するかは死活問題だ。
太陽が高くなるころには気温は35℃、温室に至っては50℃を超える。「たいして動いていないのに鼓動が早くなる」のは恋のせいではありません。温室が52℃だからです。

朝型の生活に慣れてきたと思ったら、だんだんと秋のにおいがし始めてきた。もうすでに、3:30に起きていた農繁期の生活を懐かしみ始めている。喉元過ぎれば暑さを忘れる。

AM5:12, 5:22 テレビで天気予報を見る

顔を洗ったり朝ご飯を食べたりしながら、テレビが天気予報を流す瞬間に目を光らせる。

農学徒にとって天気予報は、その日の作業を決める大事な情報だ。テレビのどのチャンネルでいつ天気予報が流れるか、自由研究みたいに毎日地道に調べ、夏が終わるころには自作の一覧表ができあがっていた。
それによると、今日は4チャンネルで5:12と5:22。うん、今週は雨は降らないみたいで良かった。

バタバタしながら家を出る。一日5回ささないといけないドライアイ治療の目薬をさし忘れる(1回目)。

AM6:30 ラボに到着

電車通学の間に今日の新聞を読み終え、大学へ。おっと、その前に。大学の敷地と公道の境目に鎮座するお地蔵さんに挨拶する。

すみません、今日も”やる”かもしれません。作物に付く虫の供養を前もって済ませておく。

自分が大学に一番乗りかどうかは、キャンパスに向かう道を歩いたときに、顔にクモの巣が張り付くかどうかで分かる。今日はどうやら朝に散歩をした近所の人が犠牲になったようだ。 

AM6:45-PM12:00 外で作物の管理

作業着に着替え、圃場や温室を見て回る。作物がちゃんと育っているかチェックし、水やりもする。
思ったより害虫(イチモンジセセリ)が増えていることが判明し、農薬を散布することに決める。

稲を栽培している水田に長靴の足を踏み入れたら、暑さでぬるくなっていた。ふと、農学校で教師をしていた宮沢賢治氏の短編『或る農学生の日誌』の一節を思い出す。

六月十四日 
…くろへ腰掛けてこぼこぼはっていく温かい水へ足を入れていてついとろっとしたらなんだかぼくが稲になったような気がした。そしてぼくが桃いろをした熱病にかかっていてそこへいま水が来たのでぼくは足から水を吸いあげているのだった。…

https://amzn.to/4cWGm0g

稲になったような気持ちにも、足から水を吸いあげたような感覚にもならなかった私は、自分の感性はまるで根腐れを起こした稲だと絶望した。バツが悪くなり、水田から足を引っこ抜いた。

水が温かいと稲の生育が悪くなる。感性を現実に戻し、対処法を考えた。先週の日本農業新聞に、暑い夏は水をかけ流しにして張りすぎない「飽水管理」が良いと書いてあった。試してみよう。

PM12:00 お昼ご飯

今日も今日とて大学内の学食へ。

ショーケースの中にあるのは、変わり映えのしない茶色の揚げ物たちだ。夏休みはメニューが更新されないのがキズ。かといってお弁当を持参する気持ちにはならない私は、文句を言いながらも学食というライフラインにかなり感謝している。潰れませんように。

たまに研究室の学生と食べるが、今日は一人。まわりを見渡すと、今日は集中講義があるのか、学部生らしき学生が多い。ま、まぶしい。若いなあ、まだ大学生だもんな。
若者のまぶしさに目を奪われ、またもドライアイ治療の目薬をさし忘れる(2回目)。

PM1:00-3:00 ジャーナルクラブ

ジャーナルクラブとは、あらかじめ選定した論文を学生が紹介し合い、議論をすること。私の研究室では先生と学生で最新の農学の論文に感心したり、ケチをつけたりしている。

論文は英語で書かれている。最近研究室に配属された後輩は「英語が苦手だから理系に進んだのに、やっぱり英語は必要なんですね…」と落胆していた。一緒に頑張ろう。

ジャーナルクラブがない日は、観測記録のデータをまとめていることが多い。夏休みが終われば、研究成果や論文を紹介するゼミが始まる。

PM3:00-5:00 農作業の続き

昼の暑さがやわらいできた。また作業着に着替え、保護メガネを装着し、農薬をまく。

私が今いる大学は管理が粗放的なので、農薬散布も圃場のまわりの草刈りも全部自分でやっている。たまに自分は学生でなく農家になったのかと錯覚する。

PM5:00-6:30 ラボでデスクワーク

蒸し暑い温室から無事帰還。

先ほど紹介した宮沢賢治氏の『或る農学生の日誌』はすごくリアルで、「大へんつかれた」日の日誌は1行で終わっている。

でも大学院生の私はそんなわけにはいかず、律儀に稲の水管理や農薬の濃度などについて10行ほど実験ノートを付けた。
残りの時間は、日によって論文を読んだり、指導教員とミーティングしたり、種子の数を数えたりする。

PM7:30 帰宅、ランニングへ

帰宅後、通学に使っているリュックをopen。詰め込まれているのは夢でも希望でもなく、土で汚れた作業着だ。普段着と分けて洗わないといけないのが面倒。

夜が涼しくなってきた。洗濯を回している間に、ランニングへ。

夜風に当たるのが好きで、今まで熱帯夜によって阻まれていたランニングを再開した。
走りながら、自然と目が雑草にいってしまう。もうメヒシバはとっくに結実しているし、マツヨイグサ(待宵草の名の通り、夜に咲く)は見なくなった。もう秋だなあ。

PM8:00-9:30 夕飯、シャワー、いろいろ

夕飯に湯豆腐を作ろうと思ったら、野菜を買うのを忘れていた。
どうしよう、今から買いに行く?と考えたところで、ベランダのプランターで水菜を栽培していることを思い出した。水菜は普段あまり食べないのに、なぜか種を買ってきていて、適当にまいたものだった。

徒長(必要以上に延びしてしまうこと)して若干葉が黄色くなっていたけど、結構おいしかった。

同じプランターに植わっている枝豆はそろそろ収穫時期だと思うが、適期が分からない。そのまま枯れて大豆になりそうな勢いだ。それはそれでよいか。

新聞2紙目を読み、今日中に返さないといけないメールに返事をし、机に積読された論文や学会誌に目を通した。あまりに疲れた日のこの時間はヨガマットで寝落ちるか、テレビを漫然と眺めている。
一息ついたところで目薬の存在をやっと思い出し、目に久しぶりに栄養を与えた。

21:30 就寝

明日に備えて早く寝る。私が寝ている間にも作物はぐんぐん伸び続ける。

振り返り

以上が、作物栽培期間中の私の1日のスケジュール例です。日によってはずっと農作業の日もありますし、徹夜で実験していることもあります。

ただし、外作業がある私のような研究は少数派で、研究室にこもって実験をしたりPCで解析をしたり、文献を探したりするのが多くの大学院生の過ごし方ではないでしょうか。

私はPCRをするなどいわゆる「ウェット」と呼ばれる分子生物系の研究室にいたこともあり、当時はずっと室内にこもりっぱなしでした。外に出ている今のほうが健康的な生活をしていると思います。

スケジュールを書き出して気がついたのですが、トータルで12時間くらい大学にいるんですね。どうりで新聞記者をしていた会社員時代よりせわしないわけです。

私の場合は、作物の生長に振り回されて休日祝日問わず長時間出勤するはめになっているだけで、計画的な大学院生ならもっと効率的に過ごせるはずです。

先日40日ぶりに大学に行かない休日を取ったら、何をしたら良いのかわからず、目薬を5回ちゃんとさしただけで1日が終わりました。善き休日を過ごすためにも、定期的な休養は大事ですね…。

ちなみに本文内で出した宮沢賢治の「或る農学生の日誌」ですが、農学生でない方が読んでも楽しめるのか個人的に気になっています。
Kindleだと無料で読めるので、感想を聞かせていただけたらとても喜びます。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。
有益な情報を発信していきますので、今後ともよろしくお願いいたします🐼

(この記事は執筆は”畑の幽霊”ことノソノソ、校正は妹が原稿を出してくれて嬉しいトコトコでお送りしました)


取材、執筆などのお仕事の依頼はこちらまでお願いします▼
agriculture.twins@gmail.com
Twitterはこちら。記事の更新などをお知らせします▼
https://x.com/agri_2twins

*リンクにはAmazonアソシエイトリンクを使用しています


この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?