Chika Morimoto

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色のついていない過去と色のついた過去

野枝が最近ごはんをフードボウルから食べるようになった。 野枝というのはうちにいる猫のことで、「のえ」と呼びます。たぶん9歳ぐらいだと思う。うちにやってきたときにはある程度大きくなっていたので正確な年齢はわからない。そのころまわりの人は3歳ぐらいじゃないかと言っていた。一緒に暮らし始めてから6年を超えたので9歳ぐらい。 その野枝がうちに来はじめた頃、私は野枝に少しでも長く一緒にいてほしくて、手のひらからごはんをあげていた。そうすればうちにいついてくれると信じ込んでいた。その結果

色のついていない過去と色のついた過去

    道を行き続ければ

    夕暮れ 左足だけ黒い猫が右足のぶんの靴下を探している 柘榴 紅梅 桃花 長春 聴 紅鼠 藍鼠 紅碧 瑠璃紺 紺桔梗 ざくろ こうばい とうか ちょうしゅん ゆるし べにねず あいねず べにみどり るりこん こんききょう をしたがえて 月が波のカーテンをひく 山々から色が抜け 森の葉、葉が黒くなって夜のはじまり 猫の真剣な鼻息だけが聞こえている

    道を行き続ければ

    空をかける星

    かなしみは海の底から這いあがり よろこびは山の頂から降り注ぐ そのあいだにひとはいて いつもつぎのいちにちを待っている いちにちを待ち いちにちは過ぎ 足元からいちにちは崩れていく またつぎのいちにちを待つ 今日あなたが火を点したとき 神は夜がきたことを知った かれらは楽しいひとの多い場所にたくさんの星を見せてくれる あなたのその場所から夜ははじまる つぎのいちにち つぎのいちにち つぎのいちにちを我らは待つ つぎのいちにちは我らからはじまる

    空をかける星

    荒地

    老人よ 近づいておいで 海を渡る橋の上の電灯に 鳥がとまっている 彼らはこれから隊列をつくり体力を温存しながら 何百キロ先まで飛んでいくのだ 怒りを爆発させすぐに沈めてはいけない 怒りを持続させるのだ あなたたちは怒るために長く生きているのだ 神様の多い国なのに 人々には信じるものがなく 寂しい寂しいと大きな声を出している だけど荒地は知らない こころのうちにはもっとさみしい荒地があるはずだ 大きな声を出してもいつまでも自分にしか聞こえない 他に

    祭りの日

    金木犀が咲く頃この村には雨は降らない その匂いは太陽とともにぎらぎらと熱くなり 匂いを飲み込んだひとびとの喉元には太陽が蓄えられる 小さな黄色の花を星にみたて ひとびとは酒に花びらをつけて飲みほす そうやって世界を体にとりいれ 村の祭りを迎える 祭りの日には雨は降らない 村の神はひとびとを待っている アキツヒメが守ってくれるので 大勢が船で祭りにやってきても もろもろの穢れは海底でじっとしている くすの木が光を連れてくる あこうの木が風を連れてくる

    世界の五時間

    ここらでは私達はちいさな生き物で 失礼をはたらくとすぐに 大きなくもやむかで、へび、いのししに怒られる だからよく外を見ていないといけないよ たとえば夏には緑は目をあげるたびに濃くなる ぼんやりしていると だるまさんがころんだで 緑にゆびをきられてしまうんだ あるいはうんざりするほど雨が降ったり あるいはかぼちゃの茎がどんどん伸びて家を覆ってしまったり やっぱり外をよく見ないといけないよ 名前を知らない花や虫で大混雑しているから挨拶は欠かさずに あそこ

    世界の五時間

    愛の進路

    眼鏡を探しているときにいつも思うこと 一生のうちの何日分、あるいは何年分をこれに費やしているだろう しかもその眼鏡は 何度も不意に踏んでいつからか曲がったままになって レンズに傷がついているからこのメガネをかけると世界はいつもよごれている 眼鏡の置き場所を決めておけばいいんだけど見つかれば喉元過ぎれば熱さを忘れ 昔 ひどい嘘をついて ある人を裏切ったことがある それ以来その人に会っていないから そのひとが 今 悲しいのか嬉しいのかは知れない だけど裏切った

    きっとそう

    決して退屈ではないし 哀しんでいるわけでもないけれど いつも何かをはじめるには 遅すぎると思っている 頭の中であれこれと考えては 口にせず 声に出そうとするころにはうっすらとしていて 子供のころは一日中話す相手を探していたのに ささくれならいくつもある それが深い傷になるなら よほど決意しやすいのに 今日のお菓子をつくって 布団を外に干して 道沿いの花に気をとられ 太陽をあびて 深く息を吸ったら すべて忘れている そして 少しずつ肩にほこりがた

    ドーナツトーク

    誰かと どちらかが話しはじめて どちらかが応えて はじまりも終わりもないような なかみのあるようなないような 温かいけむりみたいに心地よく消える話 その繰り返し それが話すってことなんだ ひとりで 心に問いはじめ問い続けて答え続ける ずっと問い続けて話し続ける 温かさがからだの奥にしっかりと伝わるような その繰り返し それが話すってことなんだ そこに珈琲があったらもっと素敵だ

    ドーナツトーク

    バステト

    やわらかな背中に指をしのばせるとどこまでもあたたかい わたしはきみを抱く事しかできないので 離れていてもきみの重さを意識するようになった きみの誕生日をわたしは知らない 今日も誰かの誕生日ならきみの誕生日を毎日にしたい わたしを信用しきるだらんとのびた腕 きみがペンをとるなら左利きか右利きか夢想していちにちは終わる 愛されていることを知ろうともせず雨の日はいぎたなく寝ており 必要があれば無邪気に腕やあごをやんわりと噛んでくる それが深夜でも飛び起きてわたしは

    道を行けば

    今日はどんないちにちになるの 野鳥のように歌う 川魚のように泳ぐ 犬のように子供と遊ぶ 猫のようにだんまりを決めこむ 燃えあがる(ひとりでもふたりでもどうぞ) さっきベンチで絶望が待っていたから 気づかないふりして 海を見に出かけた 蟹の甲羅に笑顔の模様があった 海沿いのみかんの木から 親指と人差し指でつくった円におさまるくらいの ちいさな早生みかんを ひとつもいで 帰りに絶望に渡した 今日はどんないちにちにするの