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#1 人間とコンピュータの共進化

はじめに

こんにちは。NEWhサービスデザイナーの阿部です。普段は事業開発や事業改革を、顧客の視点に立った様々な手法でサポートしています。私のキャリアはちょっと変わっていて、大学では理学部、大学院ではシステム科学を専攻していました。デザインというよりは自然科学がバックグラウンドなんです。インターネットが普及し始めた頃、その技術が社会の中で形になっていくのを見て、デザインの世界に飛び込みました。

そして今、AIにも同じような変化を感じています。このnoteでは、私が約20年間ビジネスの現場で見てきた経験をもとに、技術革新が社会や世の中にどのような影響を与えてきたか、そしてこれからのAIがビジネスやデザインにどう影響を与えるかを考えていきます。

人とコンピュータの共進化

最近、AIやロボット工学の発展で、人間の作業を機械やコンピューターで自動化・効率化することが進んでいます。その中でよく話題になるのが、人間とコンピュータの長所と短所をどう組み合わせるかです。人間の長所は創造性や判断力、感情のこもったコミュニケーションなどで、これは機械には難しいところです。一方で、人間は単純作業が非効率だったり、疲れてミスをしやすいという短所もあります。

コンピュータの長所は高速で正確な計算や大量のデータ処理、単純作業の繰り返しに強いところです。ただし、創造性や判断力に欠け、プログラムの限界があります。

こうした長所や短所は時間と共に変わっていきます。人間は慣れたり、組織としての振る舞いが変化したりしますし、コンピュータもUIやOS、デバイスが進化していきます。生態学では、二つ以上の生物種が互いに適応して変化していくことを「共進化」と呼びますが、人間とコンピュータもこの20年間で共進化してきたと言えるでしょう。

ポータルサイトの進化に見る共進化

共進化の例として、Yahoo!などのポータルサイトの進化を見てみましょう。1990年代のインターネットでは、人間が手動で情報を収集して分類していましたが、やがてコンピュータがその役割を担うようになりました。しかし、初期の検索エンジンはページの単語を整理するだけで、質の高いサイトを見分けることができませんでした。そこで、人間は検索語を工夫する必要がありました。

そこに適応したのがコンピュータ側のアルゴリズムでした。Googleの創業者であるSergey BrinとLawrence Pageが発明したPageRankというアルゴリズムがあります。これは、リンク情報を使ってサイトの質を評価できるものでした。その後、SEOがビジネス領域として登場し、さらにCMSが一般ユーザーにも広がりました。

さらにこういった普及に対してインターネットの普及と共に個人情報やいじめなどの社会問題が浮上し、GoogleやFacebookなどは倫理的・政治的な課題に直面しています。いわば人間側の適応の努力とも言えると思います。

このような共進化はメディアビジネスだけでなく、製造業や建築業、医療など多くの業界で見られます。

進化に関する誤解

ここで「共進化」について補足します。進化に単一の目的地や到達点はありません。進化とは、生物が環境に適応するための遺伝的変化の過程を指します。evolutionはラテン語の「evolvere」に由来し、「展開する、巻き解く」という意味です。進化には方向性が含まれないのです。

生物はそれぞれの環境に合わせて進化してきました。人類は知性と道具を使う能力が発達しましたが、鳥は飛行能力、魚は水中生活に適応しました。つまり、人類が最も進化したというよりも、それぞれが自らの環境に最適な形で進化してきたのです。

今回、「共進化」としてこの20年を振り返るのは、人間とコンピュータの相互作用(HCI: Human-Computer Interaction)の共進化を見つめ直し、今後の変化への視点を共有したいからです。

生物の共進化から見た人間とコンピュータ


個別の例については今後の記事で詳しく分析しますが、ここでは生物の共進化で見られる現象を紹介し、人間とコンピュータの関係で見られる類似例を少し触れてみます。


生物の共進化と人間・コンピュータの共進化
図は Klaus L. 2004の図より筆者加工

ウイルスと動物の共進化

我々のような動物と比較した場合、ウイルスの増加スピードは桁違いに早く、変化するスピードや適応するスピードが桁違いです。そのため、我々のような動物は、免疫システムや有性生殖といった「変化する仕組み」を進化させてきました。

免疫システム自体の詳しい解説は省略しますが、さまざまなウイルス・病原菌に対応できるような抗体生成の仕組み(利根川進博士の研究が有名です。)や、一度感染したウイルスに対して2度目は即座に対応できるように免疫システムも「学習」できるように進化しています。

また、一つの個体を生み出すのに雌雄の2種類が必要な有性生殖が広がった理由としても、変化や多様性が必要なウイルスへの対応が重要であったと考える仮説もあります。(小説「鏡の国のアリス」を参照して「赤の女王仮説」と呼ばれる現象です。)

この敵対的な関係は、自己増殖するマルウェアとセキュリティソフトの関係に似ています。新たなマルウェアに対抗するためにセキュリティソフトも常に更新されます。

シアノバクテリアによる大気の改変と酸素呼吸

太古の地球の大気には酸素はほとんど存在せず、現在の100倍以上の二酸化炭素が存在する現在と全く異なるもので、生物は地熱などのエネルギーを利用して活動していたと考えられています。そういった生物の中から光を利用して、二酸化炭素と水から酸素と有機物に変える光合成ができるシアノバクテリアが進化し、これまで使われていなかった二酸化炭素を利用して増えていきました。

当時の生物にとって酸素は細胞を酸化させる毒として作用してしまったことや(嫌気性生物の絶滅)、二酸化炭素の減少の結果として温室効果が失われ地球が凍結してしまった結果、原生代の大量絶滅が引き起こされました。その後、酸素を利用できる生物が生まれ(呼吸)、動物が繁栄する基盤となりました。

このように、一部の生物で起きた変化が、環境自体を大きく変えてしまい、変わった環境にさらに適応する技術がうまれることはコンピュータの歴史を振り返っても何回かおきています。

さきほど説明したインターネットのその一例です。専門家などが限られた目的のために利用していた時代から、技術の進化とともに多くの人間が利用するようになり、それとともにプライバシーや公平性などあらたなスケールの倫理的な問題が生じてきたのは皆様も体感されていると思います。

また、もう少し狭い領域で「写真」についてもフィルム会社を駆逐したのはデジタルカメラだけではなく、アップルなどがスマートフォンなどであったなど、戦う土壌自体が大きく変化して問題の性質が変わった事例はいくつか挙げられます。

なぜ共進化でHCIを考えるのか?

では、人間とコンピュータの変化について考えることのヒントが生物の共進化にあるのでしょうか?私はこの二つには共通点が多くあると考えています。

生物の共進化の相互作用を使ってHCIの相互作用を再解釈し、進化の方向性について考える
  • 適応進化系:ビジネスは相互作用の結果が積み重なり、変化を続ける系であり、生物の進化も同様に相互作用の結果論です。完全な予測はできませんが、システム同士が相互作用しながら変化する(適応進化)点は共通しています。

  • 理解するロジックの共通性:経済学は生態系を取り扱う生態学と多くの手法を共有しています。「進化」のみならず、「資源」や「淘汰」・「競争」といった概念は生態学の基本概念と共通しています。

  • マルチスケール性:経済学と生態学はメインの対象が異なるスケールを取り扱っており、スケール間の関係性を重視しています。ビジネスにおける顧客・市場・社会といったスケールと生態学における個体・個体群・種・群集・生態系はよく似ています。

ビジネスの歴史は、起業家の物語として個人の力量や運の文脈で理解されがちです。彼らを生んだ時代背景を考える際、40億年の生物の歴史は様々な現象が客観的に研究されており、系として比較する視点を持つことで、俯瞰的な理解ができるのではないかと考えています。そして、今起きているAIの導入などの大規模な変化を、俯瞰的に捉え直すことで、何かしらのヒントになるのではないかと考えています。

次回予告

次回は、コンピュータの登場から現在までの大きな流れを共進化的な観点で整理しながら解説します。コンピュータの発明とその作業範囲の拡大、ネットワークの登場とインターネットの発明、そしてAI/ML(機械学習)の登場まで、進化のプロセスを一緒に見ていきましょう。お楽しみに!

引用文献
Klaus L. Adaptive radiation and coevolution — pollination biology case studies.Organisms, Diversity & Evolution 4 (2004) 207–224

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