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【数理小説(11)】 『ナンパ必勝術による就職面接必勝術』

「あー今年は経営が厳しいから採用は一人なのに、頭取が必ず優秀な学生を採用しろって。むぬぬ。内定を一人出しちゃったら、他の人は雇えないし。かといって、一通り面接してからいちばんいい人に連絡しても、もうよそに決まっていたりするし。例の革命以来、情報の流れも速くって。むぬぬ。雇用は博打ですねえ。潮時をいつにするか。欲をかき、まだいい人がいるかも、なんて見送ってると、ドンケツを掴む、みたいな。あれ?これ、あたしの結婚じゃないですか?むぬぬぬ。
あ、まてよ?これはなにかうまいやり方があるかもしれませんよ。調べてみましょう。さささっと。これはすばらしい!まさにこの解決法ですよ。早速購入!」
「副頭取くん。例の件はいいだろうね」
「あ、頭取」
「おい、副頭取くん。なんだねこれは、ナンパ必勝術なんて。不謹慎じゃないか。これは私が没収しておく。君は仕事に専念してなさい」
「頭取、お待ち下さい。頭取」
「なんだね。私にはこれから行くところが……」
「その本をお読みになって、クラブに出かけても、女性を口説くことはできません……」
「し、失敬な、君!」
「咎めているのではございません。その本に、ナンパの必勝法は書いていないのです」
「君ねえ。苦しまぎれも甚だしいよ。この章に『ナンパ必勝術』と書いてあるだろ」
「そこだけ見ずに、本のタイトルを見てください」
「秋山仁著。『数学流生き方の再発見』?数学の本なの?なーんだ」
「ああ、放り投げないでくださいよ。今購入して、印刷したばかりなんですから」
「数学の専門書では、「ナンパ」という専門用語を使うのかね」
「専門書というか啓蒙書ですが……いえ、それより、ナンパはナンパです。ただこの話は、ナンパが百発百中で成功する人向けなんです」
「は?百発百中なら、すでに勝利だろう。今さらなにをする必要もあるまい」
「いえ。次の前提は、一晩に相手をできるのは一人だけ、ということです」
「まあまあ異論のない前提だな」
「ホ、よかった。それで、それらの前提の下、今夜できるだけ美人と一夜を共にするにはどうしたら良いか、という話を数学的に解説しているのです。これから一人ずつ、二〇人の女性とすれ違うなら、何人目の人を誘えばよいか、という話です」
「モテる人間の発想だねえ。というか君、なんでこんな話を昼間からせねばならんのだ」
「お気づきになりませんか?」
「はぁ?結論から言いたまえ」
「我らがマテマティカ銀行、奇しくも今年の就職面接希望者は二〇人です」
「ふむ、どちらも二〇人だな」
「ですからナンパと同じなんです。この数学理論は応用できます。よい人材を採用するには、何人目に内定を出せばいいか、ということなんです。これで平均3位くらいの人を得られるんですよ!」
「そうか。採用の権限は我々にある。内定を出すということは、ナンパに成功するというのと同じなのか。どうやるんだ?」
「わかっていただけましたか。ええと「最初の五人は見送る」と。まとめてみましょう」

(1)1〜5人目は採用を見送る
(2)6~10人目は、それまでで最高だったら、内定を出し終了
(3)11~13人目は、それまでで最高か次点なら、内定を出し終了
(4)14~15人目はそれまでの3位以内だったら、内定を出し終了
(5)16人目はそれまでの4位以内なら、
内定を出し終了
(6)17人目はそれまでの5位以内なら、
内定を出し終了
(7)18人目はそれまでの7位以内なら、
内定を出し終了
(8)19人目はそれまでの10位以内なら、内定を出し終了
(9)20人目まできたらしかたなくその人に内定を出す
(『数学流生き方の再発見〜数学嫌いに贈る応援歌』秋山仁、中央公論社より、一部改変)

「というわけで、あっというまに面接日になりましたね。じゃあ最初の人、どうぞ。はい、かけてください。当行を希望した理由は?」
「将来性です」
「え?こんな銀行に」
「副頭取くん。コレ」 
「(ヒソヒソと)頭取、いいではないですか。ちょっと意地悪な質問をしましょう。どうせ採用しないんですから。ああ、失礼。いや君ねえ、もっと大きな銀行があるのに、それを敢えて当行に将来性だなんて」
「あります。アナログショックへの対応がもっとも早かったのは貴行です。私は数学科出身で、アナログコンピューターをビジネスチャンスに利用する方法を学生時代に研究しました。この成果を活かせるのは、貴行のような、現時点では小回りが効き、発展の余地がある金融機関だという結論に至りました。加えて、ここの立地は、とある理由により、情報戦において有利だという分析も独自に致しました」
「君、すごいねえ。ちょっとその有利な理由っていうのを聞かせてくれたまえ」
「採用していただけたら、お教えいたしますよ」
「おおっとー。この面接の場で取引かあっ。いいよ。いい。君。採用……」
「頭取、頭取」
「……なんだね、副頭取くん。今盛り上がっているんだよ」
「(ヒソヒソと)この学生は見送りですよ」
「何を言ってるんだ君は。逸材だぞ。よその銀行にでも行かれたりしたら……」
「さっきの話を忘れたんですか。確率的には、ここは見送りがいいんですよ……ええ、はい、お疲れさまでした。じゃあ次の人。はい、かけて。うちを希望した理由は?」
「私は金融機関での勤務に憧れておりまして、このたび、一通りの銀行を分析させていただきました。ここにそのデータがございます」
「(ひそひそと)いいじゃないか。最近の学生は、分析する能力が高いのかねえ」
「これからも期待出来そうですね。その分析結果を、今教えてもらえますか?」
「はい。この近隣の銀行員の平均退社時刻は、十八時五十三分二十五秒でしたが、マテマティカ銀行さんは、なんと一六時五十二分でした。これはすばらしいと……」
「……はい、ありがとうございました。もう結構ですよ」
「は、失礼します」
「ええっと、頭取。今のも見送りです」
「あたりまえだ。なんだ、今のは?要するに、うちは暇だって言ってんじゃないか」
「お客さん、少ないですしね」
「君らが仕事をしてないってことだろ。大体、一六時五十二分って、終業前に帰っているやつがいるってことじゃないか。ああ、最初の子が良かったねえ。後悔しているよ」
「たしかに、最初の子が良かった可能性はあります。でも、もっといい学生がいたらどうします?これは数学的にもっともよいやりかたなのです。続けましょう。えー、次、めんどくさいから三人いっぺんにどうぞ。うちを希望した理由を順に、はい」
「占い師に、こっちの方角がラッキーだって言われたんですよ。だから毎日こちらに通えると、きっといい旦那さんに恵まれるなって思って」
「そこにマテマティカ銀行があるからさ」
「御社を希望した理由は……ハ!銀行だから会社ではないですね。ええと…御行?貴行?貴は、書き言葉でしか使わないんですよね。じゃあ、御行かなあ。御銀行……」
「はーい、みなさん結構です。はいはい、お帰りはあちら。はい」
「副頭取くん、ちょっとなんだね。どう考えたって、うちが第一志望じゃない学生ばかりじゃないか。え?方角ってねえ。あの子は次にうちの奥にある銀行に行くだろうよ。次の学生は「そこにマテマティカ銀行があるからさ」って、あれ、どこの企業でも使えるじゃないか。最後の子に至っては、そもそも銀行が第一志望じゃないじゃないか」
「頭取、冷静に。いよいよですよ。学生の出来によっては、採用を決定するんですから。はい、では次のかたー。お座り下さい。えー、当行を希望された理由を教えてください」
「はい。各銀行の経営について、私は独自の分析を進めたのですが、それぞれ弱点を見つけました。唯一見つからなかったのが、マテマティカ銀行なのです」
「ああ、また、分析ですねえ。うちに弱点がないって、ハハハ、そりゃあないでしょう」
「副頭取くん、君はやっぱりさっきから、ちょくちょく失礼だねえ」
「ですからわざとですって。また、終業時間の分析とかかもしれないじゃないですか」
「よろしいですか?続けても」
「ああ、はいはい弱点の話ね」
「はい。フィジックス銀行は、インフラにお金をかけすぎています。今後アナログコンピューターの導入が本格的になったときピコ秒レベルの争いに対応するには立地条件が悪く、建物全体を移転する必要があります。美観を重視するあのフィジックス銀行は、表ではどう繕ったとしてもひそかに出遅れることでしょう」
「いきなり大きな銀行もってきましたねえー。ほかには?」
「エンジニア銀行は金融商品の管理を人工知能に任せていました。あのシステムに勝てる人間や機械はないと言われていますが、システムの根幹を造り上げたのは、たった一人の天才プログラマー、私の先輩です。でも彼の思考はデジタルコンピューター向きです。アナログコンピューターの導入に出遅れ、今後は彼は敗れるでしょう」
「僕にはさっぱりな話だが、なんだかすごいことだっていうのはわかるねえ」
「バイオ銀行はアナログコンピューターを早期に導入しましたが、使いこなせていません。アナログ革命にも大打撃を受けていますし、今後もちょっとした変動に弱いでしょう。コンピューターウイルスに感染したという噂もありましたが、一説には、あれはコンピューターウイルスではなく、本物の生物ウイルスであったという話も」
「おお」
「このように、大抵の銀行は今後も、アナログ革命に大打撃を受けるでしょう。対応可能なプログラマーは少数、おそらく私の大学のゼミ生のみです。この中で金融業界に進む者が数名おり、私はその行き先とそれぞれのクセをすべて把握しております」
「う、すごいですね。君。そんな人がうちを考えてくれているんですか」
「はい。こちらはリスクを顧みず、アナログコンピューターの導入に見事に踏み切られました。なにも考えずにやったとは思われず、やはり先見の明があったと思われます」
「ああ、君。あれは僕がやったんだよ。ハハハ」
「そうですか。トップがリスクを正しく見据えつつ新しいものを取り入れていき、適正規模の範囲でじっくりと事業拡大を狙う。慎重さと大胆さを備えた銀行に果てしないポテンシャルを感じます」
「そうかそうか。もう泣けてくる」
「はい。ありがとうございました。すばらしい分析でした。最後だけちょっとまちがってましたけれどね。はい、もう結構ですよ」
「では、失礼いたします」
「ああ、いや、待って。もう採用決定ですから。必要な書類とか渡しちゃいますから」
「おお、そうですか。ありがとうございます」
「いや、ほんとよかった。副頭取くん、でかしたぞ」

かくして青年は見事に面接で合格する。帰り道、彼は思った。
――成功だ。電子出版のアルバイトをしていた俺は、まず企業面接の面接官の間に、例の数学の本が採用に役立つという噂を広めた。その後、あの本を購入した企業を調べる。奇しくも二〇の企業がピックアップされた。あとは採用側と同じ理屈だ。最初の5件は下見がわりに面接を受ける。6件目からは、例の方法に従って入社する企業を選べばいい。確実に採用される手はずも充分整えた。最初に5人のサクラを送り込み、ひどい面接をさせる。そこに6人目として登場すれば、自分は採用される。今回予想外だったのは、俺の手配より先に、1人目にエントリーしたヤツがいたことだ。そいつより劣っていたら、自分は採用されなかったかもしれない。だが俺よりすぐれたやつなど、そういない。実際、自分は採用された。すべて思い通りだ。小さな銀行のほうが自由に振る舞え、自分の影響力を発揮できるだろう。本当に実力のある者は、小さな企業を大きくしてしまうものなのさ――

これから彼はマテマティカ銀行で活躍するのだが、これから迎える騒動については、まだだれも知らなかった。
 
 〈了〉 

Ver 1.0 2020/7/14

アナログコンピューターの登場するマテマティカ銀行の話はこちらが最初です。どうぞ。

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