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【数理落語(4)】 『大きな数と小さな数』

 一兆の上の数字ってなんだか知ってます?京。そうですね。その上は?これはご存じない?垓っていうのがあるんですよ。さらに( 杼 )・穣・溝・澗・正・載・極・恒河沙・阿僧祇・那由他・不可思議・無量・大数となりましてね。無量大数は1の後ろに0が68個ついた大きな数字になるようで。
 さて世の中には物知りな人がございまして。そういう人は、「先生」などと呼ばれることを好むものでございまして……

「先生、こんにちは。遊びに来ました」
「またお前か。まあいい。まんまはやらないが、中にお上がり」
「おおーっとー、ボケを読まれているねえ」
「おまえとつきあっているとな、手の内ぐらい読めるようになるわ」
「じゃあおじゃまします、先生」
「ああ、邪魔をするだろうな」
「まあまあ、そう言わずに先生、どうせ暇なんでしょ?」
「暇とは何事だ。私だって、畳の目を数えたり、江戸城を一周するのに何歩あるかを数えたりして忙しいんだ」
「暇ですね。確実に暇ですね。大体、江戸城ってなんですか。ここは長屋でも、数理の話しが飛び交いますからね、とっくに江戸城は皇居になっている時代ですよ」
「いったい何しに来たんだ」
「とりあえずは茶でもごちになろうかなっと」
「自分から催促をするやつがあるか」
「あ、出さないつもりですか?先生を慕ってこうして客人が現れたというのに、茶のひとつも出さないとは」
「なんだその嫌みな言い方は。出さんとは言っておらんだろう。自分から催促するな、と言っただけだ」
「じゃあ、出す?ごちになりやす。茶菓子は羊羹で。今『稠蜜』ってやつがはやってまして」
「茶菓子まで催促するか」
「え、出さねえ?茶菓子を出さねえとは図々しい」
「お前だよ。図々しいのはお前だよ。それでも出してやるよ。私は偉いなあ」
「そうこなくっちゃ。ああ、粗茶と……ええ?まんじゅう?それも1個だけ?しかも安物?さらには賞味期限切れ?」
「あるだけましだろう。食べたくないのなら下げるよ」
「いやあ、いただきますよ。しかしこんなちっこいの、『つまらないもので』なんて言うけど喉にもつまらないよ。それにたった一個とはね。一個でもまんじゅうとはこれいかに、と」
「無駄口がよく動くものだ」
「あ、そうだ。先生に聞こうと思っていたことが」
「ほう、何を聞く? じゅげむじゅげむごこうのすりきれ……とかね。そもそもわが父は大和の侍四条上がる横町に住まいを構え……とかな」
「長くって終らないね、そんなの。いや、そんなんじゃなくて、数字のことですよ」
「数字がどうした」
「『万』の上って『億』ですよね。その上ってどうなっているんですか?」
「億の上は兆だ」
「ほおお。さすが先生。では兆の上は?」
「京だ」
「ああ、そうらしいですねえ」
「ん?知っていて聞いたのか?」
「いえ、そんなそんな。じゃあ、京の上は」
「それは、あれだ。丹後半島だ」
「はあ?」
「だから、京都の上には丹後半島があるだろう」
「いや、「けい」と「きょう」じゃあ、読み方が違いますよ。けいこちゃんときょうこちゃんじゃ、大違いだ。っていうかそういう問題でもないですし」
「けいこちゃんもきょうこちゃんも、みいちゃんはあちゃんだろう。大して違いはあるまい」
「なんだかなあー。じゃあその上は?」
「朝鮮半島だな」
「えええ?」
「さらに中国、ロシアと続くんだよ」
「それは知りませんでした。すごいな、数字は地名だったんですね。じゃあそれまでの億とか兆とかはなんだったんですか」
「それは昔の地名だったんだ」
「昔はそういう地名があったんですか?そうか、なくなっちゃったんだ」
「地名なんて変わるもんだろう?それから見れば、「きょう」が「けい」になるなんて、わずかな違いではないか」
「ああ、そういうことになるんすねえ。ええっと、いちばん大きい数字っていうのは何なんですか?」
「北極だ」
「行き着きましたね、たしかに。それより大きい数字はどうなっているんです?」 
「だからいちばん大きいって言ったろう」
「ああ、そうですけど、でも、いちばん大きい数字に1を足せるでしょう?」
「足せないよ」
「いや、足せるでしょう。北極プラス1になるんじゃないですか」
「ああー、思い出した。そういう意味か。じゃあいちばん大きい数字は9999北極9999ロシア9999中国9999朝鮮半島9999丹後半島9999京9999兆9999億9999万9999だな」
「それに1を足すと?」
「なにが?」
「だから今言ったやつですよ」
「今言ったやつって?」
「ああ、そうきますか。それなら9999北極9999ロシア9999中国9999朝鮮半島9999丹後半島9999京9999兆9999億9999万9999に1を足すとどうなるんですか」
「相変わらずしつこいやつだなあ。ちょっと催してきたので……」
「ダメですよ。その手はくいませんよ。いくらになるんですか」
「それは、その……1田中さんだよ」
「へ?先生って困ったら田中さんですね。なんで田中さんが北極の上なんですか」
「昔田中さんが北極点の上に立っていたんだ。だから北極の上だから田中さんだ」
「ああ、そうですかあ。じゃあ、その上は」
「おまえ、簡単に質問するねえ」
「気になるんですよ。北極の上の田中さんの上は?」
「だから……1慶太」
「え?なんですって?慶太?なんですかそれは」
「聞いておいてなんですかってことがあるか。田中さんの上の数字の単位だ」
「いや、それはわかりますよ。この文脈では。ただ、どうして慶太なんですか?」
「おまえ、知らんのか?」
「いや、だれも知らないと思いますねえ。ことによっては先生も知らないんじゃないですかねえ」
「なにをバカなことを言う。慶太は田中さんの一人息子だ。肩車されていたんだよ」
「あ、一人息子!肩車されて田中さんの上に乗っていたから田中さんの上。知らなかったなあ……その上は?」
「だからおまえ、そんな面倒くさい質問を、たった一言ですませるんじゃないよ」
「いやあ、時間が節約できていいじゃないですか。その上は」
「ないよ」
「ないわけないでしょう?さっきみたいに9999慶太……」
「ストップ!」
「へ?」
「だからさっき言ったろう。慶太は田中さんの一人息子だと」
「ああ、はい。それがなにか」
「9999慶太って、そんなにいるわけないだろう」
「え、いや、それは……」
「いるわけないからそこで終わりなんだ」
「いやあ、そうなんですか?それを言うなら田中さんも一人だし……」
「田中さんはいっぱいいるだろう。数えてみようか?」
「いや、田中さんっていう人はいっぱいいるでしょうけれど、そういうのでいいんですか?北極点の上に立った田中さんは1人だと思いますけれど。いや、ことによっては0人かもしれませんが……あ、京だって一つでしょう?」
「東京、北京、南京……いっぱいあるな」
「あ、そうきますか。でも……」
「でもじゃない!そんな大きな数字、そもそも数えられないだろう。おまえ、たとえば京でもいい、そんなに数えたことがあるか?」 
「いやあ、そう言われると、数えたことはありませんが」
「私は数えてみたんだ。そしたら本当に1慶太で止まったんだよ」
「そこまで数えるのに何年かかるんですかね」
「とにかく数えてみればわかるんだよ。慶太はいちばん大きな数字。もう足せない。はい、次の質問」
「そうですかあ。じゃあ逆に、小さい数字。こっちはどうなっているんでしょう。南極とかですか」
「わかってるじゃないか。マイナス南極だ。マイナスを付けるのを忘れるなよ。寒いんだからな」
「北極も寒いでしょうに。まあいいや。ええ、南極点には誰が立っていたんでしょう」
「トリンドルさんだな」
「出ましたねえ。で、たぶんその下は……あ、トリンドルの靴、とか、トリンドルの靴下とかですか?」
「おまえねえ、北から見たら、靴とか靴下はトリンドルさんの上にあるだろう」
「ああそうか。こりゃ参ったな。一本取られてどうするんだ」
「トリンドルのカツラってのがその下にあったな」
「トリンドルさんはカツラなんですか」
「そうだった」
「なんか今作った感がありますね。いや、全部だけど」
「お前が物を知らないからそう思うだけだ」
「とんでもないことになっていたんですね」
「大きい数字も小さい数字も言ったから、さすがにもうないだろう。いいな」
「いやいや先生、細けえ数字ってのがあるでしょう」
「今度はなんだああ?」
「ほら、1分とか1厘ってのがあるじゃないですか。それより細けえのはなんていうんです?」
「ああっ!もうっ!!」
「おや、たしかに厘の次は『毛』だ。さすがは先生」

〈了〉

ver1.1 2020/4/30

ver 1.2 2021/9/5 ちょっとしたまちがいを訂正


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