【ショートショート】 『消える富士』
『史上最大のイリュージョン。マイティー伯爵、富士山を消す!!』
この謳い文句で、テレビやネットが騒がしくなったのは、暑さの盛りであった。マイティー静山と名乗る男が富士を消すと宣言したのである。
マイティー静山はインターネットの動画サイトで話題のマジシャンで、彼がなすイリュージョンと呼ばれる大掛かりなマジックの動画は世界中で視聴され、再生回数を伸ばしていた。それゆえに彼には、果てしない収入があるとも見込まれていた。富士山を消せば、彼の知名度も富も、ますます増えるというものだろう。
喝采する人があれば、妬む者もいる。さまざまな著名人からこの富士山を消すイリュージョンについての賛否両論が寄せられた。だが、それはむしろイベントへの注目を増すことに貢献した。ただ、いち早く静岡県知事、ついで山梨県知事が、マイティー静山にイベント中止の要請をした。そこでマイティーが知事らと対談する機会が設けられ、その様子も動画に収められ配信された。
「両県知事どの。ご安心ください。富士山そのものの景観を破壊するようなことありません」
「だが、よりによって富士山だ。あれは我々日本人にとっての霊峰だよ。それが消え去ってしまうとなるとねえ」
「消すのは三十秒だけです。その後完全に元通りなります」
「三十秒だけ?」
伯爵から大事には至らぬということが保証された。さらに次の一言が知事らの心を打った。
「私はこれで、第一回国際イリュージョニストコンテストに参加します。これまで人を消す、車を消す、像を消す、自由の女神を消す、といった消すタイプのイリュージョンをした人がありました。おそらく今回の大会で、世界のイリュージョニストたちはその上をいく、新たなものを消しにかかってくるでしょう。ですがそれらはせいぜい高層ビルとか、ピラミッドといった建造物がいいところでしょう。この静岡で生まれ山梨で育ったマイティー静山は、富士山を消したというイリュージョンで優勝を飾り、世界に霊峰富士の偉大さを知らしめたいのです」
そういうことならば是非に。楽しみにしている。と知事らがマイティーと握手をする姿で動画はしめくくられた。
やがて日本にとどまらず全世界が注目する中、配信の当日を迎えた。陽炎揺らめく正午であった。
「それではカウントダウンをいたします。三、二、一・・・」
有名なアナウンサーの合図とともに、富士がすーっと消える姿が映された。映像は富士が見える静岡・山梨両県の各所から撮られたものであった。人々が歓声をあげ、中には少し大げさに悲鳴まであげる者までもいた。
その後山はまた元のように姿を現した。見事なイリュージョンだと、世界が驚いた。
この時代、マジシャンには面倒なことに、すぐにトリックを解説する者が現れる。ネット上ではマジシャンの手口をバラす動画をあげることで稼ぎを得ている伊丹千という男が、真っ先に解説動画をあげた。
「イリュージョンのほとんどはねえ、光学を使っているんですよ」
それから、かつてのイリュージョンがどのように行われてきたかを解説する。鏡を使った古典的なものから、プロジェクションマッピングといった現代の技術を用いるものまでがあり、いずれも消えたように見えるというだけで消される対象は実際には消えてはいないという。
「ですが、伊丹先生。富士山を消すには、そうとう大掛かりなものを用意しなければならないんじゃないですか」
伊丹のアシスタントが、尋ねた。
「そこなんだよねえ。理屈の上では可能なんやけど、ちょっと現実的にはねえ……」
結局のところこの元マジシャンも、マイティー静岡のイリュージョンのすごさを認める形になってしまっていた。
後日、富士山を消すというイリュージョンによりマイティー静岡が、国際イリュージョニストコンテストで堂々の優勝を果たしたということが報じられたのである。
「あれで優勝でいいのかねえ」
「シーッ!それは言いっこなしだろ」
静岡県と山梨県の両県民はみな、トリックを知っている。富士山は最初から消えなかったのだ。ただみなで口裏を合わせて、三十秒間富士山が消えた、と主張したのだ。富士山が消えた映像などいくらでも合成できる。知事らもグルである。これは壮大な町おこしであったのだから。
「東京の連中とかでも、『消えたのを見た』とか言っているのがいたのには笑ったよな。あいつら、買収されていないのにそう主張したんだから。ほんと、富士山は消えたことになっちゃったよ」
青年二人が、あたりに気を使いながら喫茶店で話していた。
「ほんとよくバレなかったよなあ。伊丹千なら気づくんじゃないかとハラハラしたよ」
「ばか、伊丹もグルだよ。彼は、トリックが光学にあるとミスリードするための役回りだったのさ」
「あ、そうなのかあ。用意周到だなあ」
「それにしても、金使ったよなあ。両県民、全員を買収したからな」
「そうだな。使ったのは光学じゃなくて、高額だったな」
こちらの企画にまたまた参加です。
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