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学習理論備忘録(29) 『測定可能ナモノニナリタイ』

原井クリニックの抄読会の備忘録である。

精神科医ならもっとも触れる疾患である統合失調症(*1)の精神病理や、逆に精神科医に敬遠されがちなアルコール使用障害の話にも関連する章に突入している。

統合失調症のフィルター障害仮説といった各種理論との比較とかを誰か教えてくれないかなー、と思っていたら来週の担当をまさかの自分に振られそうになり、慌てて別の人に押し付けてきたところである。

(*1)統合失調症については、原井クリニックでもそうだし、私もあまり関わらない。
原井クリニックは強迫専門のクリニックで、3日間集中治療を始めとする行動療法が売りである。私の関心も精神療法のほうにある。一方統合失調症は、実は精神療法も大事であるが、薬を使わないと治すことはほぼ無理だと言ったほうがいい。統合失調症のような病気しか診ないという医者も結構いるから、棲み分けは重要だと思われる。
治療者には得意・不得意というのがある(なんでもできる上に得意なことがあるという人もいれば、あることがある程度できてほかのことはできないという人もいる)。高度な専門性を持っている治療者については、そのありがたみ(偉いという意味ではない。希少価値、とでもいえばいいか)が分かりその恩恵をたくさん受けられる人がかかったほうがよい。
そうしないと、「この治療者、腕はよく知らんけど、遠方からも患者が集まってきて予約がとりずらいなあ」なんて思っている患者が、名医を忙しくしてしまう。それは非効率的だ。専門的治療は限られた資源である。
・・と言っても、原井クリニックの予約枠には空きがある。実はなんでも診ているが、中心的に診ている疾患がコアすぎたのかも。覚えておこう。


古典的条件づけの潜在制止(latent Inhibition)という現象の話の続きを書く。

" Learning and Behavior Therapy "第6章、LATENT INHIBITION AND BEHAVIOR PATHOLOGY(*2): PROPHYLACTIC AND OTHER POSSIBLE EFFECTS OF STIMULUS PREEXPOSURE (潜在制止および行動病理学:先行呈示の予防的およびその他の考えられる影響)である。

(*2)behavior pathologyという言葉は聞いたことがなかった。普通は「精神病理学」と言う。学習理論の本だけに、「行動病理学」と意地でも「精神」の語を使わなかったか。

つくづく思うが、学習理論の本は、他の心理臨床の本と比べると、手に入れづらい。

学習心理学における古典的条件づけの理論―パヴロフから連合学習研究の最先端まで』 をちょっと参照しよう。

まず潜在制止の例から。


あなたが殴られないようにあらかじめ手でブロックしつづけている。ある日から、ブロックをすると、さや香ががあなたをいじめる(US)ようになる。

→ だがブロックをするといじめるのだ、ということを学習しない(だからブロックは続けるだろう)。(潜在制止)



以前、制止について考察するためレスコーラ・ワーグナー・モデルを出した。その中でこの美しい数式モデルが成り立たない例を挙げた。今回はこの中の「潜在制止」に関する矛盾を取り上げる。


レスコーラ・ワーグナー・モデルのおさらいをしよう。モデルによれば「報酬予測誤差」、すなわち驚きがあるほど学習が進む。

だから、ふだんからブロックだけしていじめもないなら(先行提示)、驚きはない。

「この状況だと電気ショックはないなんだな」と学習することはないはずなのである。

式で解説すると

ΔV=αβ(λーΣV)

という式において、無条件刺激がない場合、λは連合強度の下限である0にすることになっている。ΣVもCSが条件づけによってなにも連合強度を得ていないから0である。よって ΔV=0 すなわち学習はない


『学習心理学における古典的条件づけの理論』によると、潜在制止を説明できるようにするためには、レスコーラ・ワーグナー・モデルにあるCSの明瞭度 αを変えるようにする必要があるという。

αは条件刺激の明瞭度によって決まる学習パラメータ(0〜1)であった。 条件刺激の単独提示により条件刺激に気づきにくくなる、つまりCSの先行提示によりαが小さくならなければならない、ということである。

このようにレスコーラ・ワーグナー・モデルを発展させたモデルには、Frey-Searsモデル( (Frey& Sears,1978)、Mackintosh (1973) の注意モデルがある。

後者について簡単に説明しよう。数式は次のようになる。

ΔVA =αA β(λ - VA)  (ΔVA , VA,αA のいずれのAも添字)

(ΔVAは1回の試行で条件刺激CSAが獲得する連合強度の変化量、αAは条件刺激Aの明瞭度。β は無条件刺激の強度(0〜1)。λ は無条件刺激がある場合は1、ない場合は0。VA は刺激Aの連合強度)

ここで大事なのは、αが変動するということである。
レスコーラ・ワーグナー・モデルの特徴は最後の項を複数の条件刺激の総和とすることで、各刺激が競合すると考えられるようになったことであった。Mackintosh モデルはそれを採用せずに矛盾を解消したのである。(*3)


・・と脱線してしまった。

(*3)Mackintosh モデルがレスコーラ・ワーグナー・モデルの修正版とされているが、最後の項を総和から1つの刺激に戻してしまっているから、これは本当はHull-Spenceの理論の修正版と言ったほうが近いのでは。Hull-Spenceの理論の式とまったく同じで、αが変動するというところだけが違う。


Ver 1.0 2021/3/26


学習理論備忘録(28)はこちら。


つづきはこちら




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#マッキントッシュモデル

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