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学習理論備忘録(23) 『シゲキ的なことを期待しないで!』

まともに学習理論備忘録の続きを書くことにする。

" Learning and Behavior Therapy "も 第5章に入り、CONDITIONED INHIBITION AND ITS APPLICATIONS IN PANIC AND OBSESSIVE-COMPULSIVE DISORDERS(条件制止とパニック障害・強迫性障害への応用)である。


まず「学習」の定義を。なんらかの経験をして行動が生じ、その行動がずっと続く、定着するということである。
ここでの行動とは、死人にできないこと、という有名なルールがある。

電気ショックや食べ物が「与えられる」ことを予期させる学習についての研究は多かったが、「学習されたものが抑制される」ということについては、長らく関心が向けられてこなかった。

前回はその「学習された反応が抑制される」という例について挙げている。


あなたはさや香がリモコンのボタンを押すのを見た。電気ショック発生器からあなたに電流が流れる。ギャー!
やがてあなたは、ボタンが押されるのを見るだけで震える。(CR:条件反応)

だが、さや香がボタンを押しても、「ピピピ」という音が鳴ったときは、電気ショックは流れない。
やがてあなたは、さや香がリモコンボタンを押しても「ピピピ」という音がセットだと平気になる。


「「ピピピ」と鳴ると電気ショックが流されない→震えない」と学習している。このメカニズムを「条件制止」と言う。


この、反応が抑えられる学習はパヴロフが実験して述べたものだが、1938年にスキナーが批判する。

「『反応しない』ということを学習をした」ということになってしまうのが問題なのだ。「経験から生じる『行動』」に学習が成立するはずであるのに、「経験から生じる『行動しないこと』」というのはなんか変だ。行動しないこと、反応しないこと、は行動ではない。死人にもできることだからだ。



個人的な、どうでもいいであろうことを述べると、私は死人にできないことを行動とする考え方自体を眉唾に思っている。ただ、これはまことによくできており、この学問体系の牙城は、ちょっとやそっとの考察では崩し難い。



このような「〜しない学習」ということが注目され、いくつかの説明が考えられるようになる。まず、「認知的期待」というモデルによる説明がある。「ああ、ピピピと鳴ったときは電気ショックが流れないな」と期待することが実際に「電気ショックが来ない状況」と結びついているという説明である。

もうひとつのモデルは、「調整」(modulation)である。「電気ショックが流れるぞ!」という期待が制止される、と考える。

modulationは調節という訳も見かける。勉強会では「修飾」と訳されていたが、これは見かけない。


「刺激が来ない」という期待によるのか、「刺激が来るぞ」という期待が減るのか、いずれのモデルにせよ、「期待」などという言葉を平気で使ってしまう。

期待とは頭の中に浮かぶ「起こりそうな出来事」だ。頭の中に思い浮かべる対象のことを「表象」という。マンガで言えば吹き出しの中身である。期待は表象のひとつである。このように、ここではかなり認知科学的な説明が取り込まれているのである。

1960年くらいから心理学およびその他の学際分野に「認知革命」が起こる。これは1920年以降の行動主義心理学に対抗するものである。
これまで、外から見える行動のみが心理学の対象とされていた。そこでは「期待」などという目に見えないものを扱うことは禁じられていた。
サイモンらが心を人工知能になぞらえたのを始めとし、「認知」すなわち、動物(人)がどうものごとを受け止め、考えるか、ということが考察の対象になっていった。そこでは「期待」だの「表象」だのといったものが扱われる。



今日は調整のほうの話である。


この際、算数といえばたかしくんが出てくるように、学習理論にはさや香姐さんに登場しつづけてもらうことにしよう。


さや香に電気ショックを与えられるのは、これまで決して屋外の人がいるような状況ではありえなかったとする。さや香がリモコンのボタンを押しても、人前では絶対に電気は流れなかった。そうすると被験者は外にいるときは、電気ショックに怯えるようなことはなくなる。

ところが屋外で、救急車のサイレンが鳴るときに電気ショックが流れた。「外でサイレンと電気、外でサイレンと電気」ということを繰り返すと、サイレンという音刺激(CR)は「外では恐怖しない」というのに打ち勝つ。あなたは外であってもサイレンに怯えるようになる。

それどころか、サイレンへの怯えかたはめっちゃひどくなる。家の中では、さや香がリモコンのボタンを押すのを見て怯えるが、そのレベルよりは強い。怯えにくい外でさえサイレンがあれば怯えるのだ。もっと怯えやすい家の中でサイレンを聞くようなことになれば、汗タラタラの全身ガクブルになるかもしれない。


さて、外に出ると怖がらない、でもサイレンで怖がるようにする、すると他の刺激よりもめっちゃ怖がる、といったことについて、うまく説明できるモデルはどのようなものであろう?


「外にいることで恐怖が抑えられる」こと(条件制止)は、リモコンのボタン押しで電気が流れるような「条件刺激によって恐怖がもたらされる」(条件性興奮)の反対だと考えるモデルがそれである。

かの有名な、Rescorla–Wagnerモデル(レスコーラ・ワーグナー・モデル)である。

" Learning and Behavior Therapy "の第5章には記載がなかったが、数式では次のように示される。

ΔV=αβ(λーΣV)

ΔVは1回の試行で条件刺激が獲得する連合強度の変化量(その回に学習する量)、αは条件刺激の、βは無条件刺激の明瞭度によって決まる学習パラメータ(0〜1)である。λ は無条件刺激によって決まる連合強度の上限(ただし刺激がない場合は下限(0))。ΣVはその試行の全ての条件刺激(文脈を含む)の連合強度の総和を示す。


このモデルは、「意外で目新しい刺激が注意を喚起し、条件刺激となる」ということを、「意外」とか「注意」という言葉を使わずに表すことに成功している。


だがRescorla–Wagnerモデルにも弱点がある。


本日はここまで。


Ver 1.0 2021/2/13

Ver1.2 2021/2/19 
 "ΣVはそれまでに条件刺激が獲得した連合強度の総和を示す"と記載したが、これではRescorla-Wagner モデルが元にしたHull-Spenceの理論と変わらない。Σが各刺激の連合強度の和であると書き直した。α,βについても少し書き直した。λについては、刺激がない場合のことを書いていなかったのと、「最大」という言葉が数学的に気に入らなかったので修正した。
「条件性制止」にするか「条件制止」にするか迷ったが、勉強会で使用しているし、 『学習心理学における古典的条件づけの理論 パヴロフから連合学習研究の量先端まで』(今回寛監修・中島定彦編 培風館)でも条件制止としているので、条件制止に改めた(また改める可能性あり)。


学習理論備忘録(22)はこちら。



続きはこちら。


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