【ショートショート】 『昆虫標本ダイエット』
いかにも紳士な格好をした男だな、とヨミは思った。
スーツに蝶ネクタイ。背筋がまっすぐで、口髭をしても似合うだろう。
夕暮れの街角で、少し付き合いませんかと言われ、ヨミはナンパだと理解した。
「あの私、ダイエット中で食事は控えてんで」
男は、ほうと言った。「それは是非に案内したい」
横にリムジンが停まった。男が金持ちだと察したヨミは乗ることにした。
丘の上の大きな屋敷内に案内され、ヨミは驚いた。
「蝋人形?」
昆虫標本のように、胸に杭を打ち付けられた人が並ぶ。冴えない女には『就活虫』、派手な女に『不倫虫』、OL風の女性には『アイツに夢虫』などと表記されていた。
「アーティストなの? 凄いね」
男は否定した。「ただのコレクターです。それしか取り柄はありません」それから付け加えるように、「あ、でも食べないと言うあなたの望みを叶えることはできますね」と言った。
右手には木の杭、左手に「ダイエット虫」と書かれた札を持って。
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