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学習理論備忘録(40) 『忘れられない』


食べ物を床にこぼしたり、風呂に入った後体をしっかり拭かなかったりするとひどく妻に怒られる。その恐怖を覚えているので、常に妻の顔色を伺っている。そうだ、妻に怒られたという「事件」「トラウマ」になっているんだ。こうなったら全国の恐妻家とともにに、持続的エクスポージャー法と呼ばれるPTSDに最も効果のある治療を行って、妻への恐怖を克服しよう!


・・これはちょっと無理だ。これはPTSDなどではない。恐妻家というのはせいぜい妻恐怖症と診断されるくらいであり、持続的エクスポージャー法は適切な治療法ではない。

SSRIなどの抗うつ薬も、妻への恐れを和らげる証拠はない。たぶん恐怖を下げないだろう。デパス、セルシンといったベンゾジアゼピン系の不安を和らげる薬なら効果はあるかもしれないが、お勧めできる薬ではない。やはり恐妻家というのはあまり医療の介入の対象にはならなさそうだ。


もう少し意義のある考察をしよう。からかわれたことについていつまでも悪夢をみて苦しむという人はいる。「バーカ」と言われる、鉛筆を隠される、といった程度のいじめを受けそれがいつまでも思い出されるというような場合に、PTSDの治療は効くか?


こんなことを今回の話題に選んだのは、今PTSDの研修を受けているからである。なんか備忘録を書いておく気になったのである。


まず、PTSDに関する基本的なことをまとめて説明しておく。あえて診断基準をそのまま載せるということはやめ、記憶に任せてつらつらと述べる。

・生涯にかかる割合は1%
・以下の症状が現れる
   トラウマ体験に関わるイメージが蘇る(侵入症状)
   トラウマ体験を思い出させるものを避ける(回避)
   ネガティブな感情(怒り・悲しみ・恐怖・不安・抑うつ等)
   神経が興奮する(過覚醒)

・トラウマとは、大半の人に長きに渡って重大な精神的影響を起こすような出来事(命の危険やレイプ被害など)のことである
・そのような出来事を体験しても、PTSDにならない人が多い。危険な状況がなくなればいずれ落ち着く。逆に、PTSDになりやすいタイプの人がいる
・幼少時に虐待を経験をした人は、PTSDになる確率が高くなる。だが、虐待が関係ない人もいる
・PTSDには遺伝も少なからず関わっている


ひどい経験をしたからといって、PTSDと診断されるとは限らない。また一般に思われているイメージとは違って、PTSDの人は案外普通に仕事をして日常生活を送っていることがある。フラッシュバックと呼ばれる過去の出来事を再体験する侵入症状に苦しめられながらも、人にも言わず耐えているのだ。

症状が起こる背景には、怖い思いをしたときの記憶の混乱があると考えられている。




PTSDの治療としてもっとも推奨されるのは、トラウマに焦点をあてたカウンセリングである。持続的エクスポージャーもそれに入る。


冒頭の、からかわれた程度のいじめを経験した人に持続的エクスポージャーが効くかという話であるが、効かない。

そもそもその程度ではPTSDと診断されない。侵入症状があったとしても、恐怖となるできごとを回避しているような、回避によって症状が維持されているような人でなければ持続的エクスポージャーは効かないようだ。


なんでもかんでもトラウマと言わないほうがいいのは、こういうことがあるからでもある。PTSDの過剰診断も慎むほうがよい(逆に症状が軽くても診断基準を満たすこともあるが)。

専門家の間でPTSDの概念が混乱することは減った。だがまだまだ一般には正しく知られていないPTSDである。


Ver 1.0 2021/12/16


学習理論備忘録(39)はこちら。

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