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行動経済学備忘録(2) 『ベーシックインカム』

ベーシックインカムの話である。結論を言おう。動物実験によると、ベーシックインカムを導入すれば動物は働かなくなる


経済学は役に立たない、という批判はよくある。だからといって経済学は「飲み屋でオジさんたちが語る景気についての個人的見解」の寄せ集めなどでは決してない。経済理論には「前提が正しければ理論上まちがいがありえない理論」というのがいくつもある。ただ、極めて限られた範囲のことであったり、前提が合わなかったりして使えないことがあるだけだ。仮説を立てた後の数学的な論理展開には、誤りはないのだ。いや、居酒屋でオジさんが「コールオプションの価格は切れのいい数字になる傾向があるからブラックショールズ式にそれを加味した補正をかけないと・・」みたいな話をしているのであれば、ほうほうと私も耳を傾けてみても良いが。


「ベーシックインカムを導入するとどうなるか?」なんて疑問も、皆好き勝手を言う。私は個人的には賛成だが、私個人の意見は、真実の探求にはどうでもいい。

この問題は、基礎的な理論だけでは予測しがたい。実際に人がどう振る舞うかは、不確定な要素が入りこむからだ。してみると、商売センスがある、人の振る舞いというものを悟ったオヤジに分がある話とも言えるが。

でも少しでも学問的に真実に迫ろう。理屈では読みづらいことについては、ふたつの迫りかたがある。ひとつは過去に学ぶ。もうひとつは実験から学ぶ、だ。


フィンランドでは人間を使って大がかりな社会実験がされた。その結果によると、ベーシックインカムを導入しても労働の量に変化はなく、幸福度は上がったらしい。だがネズミではそうはいかない。


経済学で言うところの「収入と余暇」の「選択」、いわゆる「ワークとライフのバランス」という概念は、行動分析学の言葉に翻訳すれば「(強化子を得る)反応と非反応」となる。通貨は「レバー押し」という行動に相当する。「ある量のエサをもらうために、レバーを何回(くらい)押せばよいか?」がエサの「値段」に相当するというわけだ。


レバーを押さなくても、ある程度の(ちょっと足りない、足りなすぎもしない程度の)エサは与えてしまう( = 非随伴性に強化子を与える)ことにする。このときレバー押し(仕事)の回数はどうなるだろうか? これは「ベーシックインカムがあるときの労働時間がどうなるか?」という問いに相当する。

(ベーシックインカムがある分、エサの値段は値上げする。賃金が減ると言い換えてもいい)


すると、ネズミは見事に労働を減らし、余暇(レバー押し以外のすべての行動)を増やすのである。さらに同じ量の労働から得られるエサの量を減らすと、もっと働かなくなってしまう。

ベーシックインカムがなければ、エサが値上げ(賃金が減少)されても、ネズミはもっと働く(レバーを押す)ことで収入を補う。ということはやはり「ベーシックインカムは労働を減らす」と結論づけてよいことになる。

フィンランドの人間での実験と異なる結果になった。さあ、それをどう説明しよう?


「人とネズミは違う!」

とは考えないほうがいい。大して違わないから。それより、もう少し本質を捉えたほうがいい。

ネズミの実験では、レバー押しという労働は、ほぼほぼ「エサを求める手段」であった。人の仕事はそうではない。

「いや、人間だってお金のためにしか働かない」と思う人もいるかもしれないが、必ずしもそうではない。必ずしもどころか、かなり多くの場合でそうではない。無給で働く人もいるし、お金を払って仕事をさせてもらっている医者も私は知っている(大学に職員枠がなかったので、研究者の名目で仕事を続ける人がいる。名目なので、研究はせず仕事しかしていない)。「トイレ掃除の仕事など、誰も好きこのんではしない」と主張する人はいるかもしれないが、それはせいぜい「私はタダではしない」ということであって、「金のためにもやるけれども、それ以外の目的のためにもやる」という人はいるのである。

たいていの仕事は、だれかの役に立ってしまう。たとえばそういったことが(それだけとはいわない)、仕事をすることで得る強化子として機能しうるのである。(実はレバー押しでさえ、エサだけが強化子になっているとは言い難い。「押せたこと」や押したときの「音」なども強化子になっている)


食うための仕事をライスワークなどと言ったりする。あるいはそういう仕事はlaborと呼ばれ、workとは区別される。

ということで、


 ベーシックインカムを導入すると、laborは減り、workは変わらない


が、私の予測である(もう少し人間で実験しないと確信は得られないが)。

(いや、待てよ? それならフィンランドでも labor は減ったはずで、ということはその分 work が増えてつりあったか? だから幸福度が上がった? などとまだまだ考察は楽しめそうだ)


「人は、パンのみに働くに非ず」


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