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【数理落語(3)】  『現世根問』

 世の中には物知りな人がございまして。そういう人は、「先生」などと呼ばれることを好むものでございまして……

「爺さん、こんにちは。遊びに来ました」
「なんだいったい。お前は。いいか。私はこんな愚かで失礼な孫を持った覚えはない」
「ええ?じゃあ伯父さんとか? ちと若いね」
「こんな愚かな甥を持った覚えはない」
「じゃあ、なんて言ったらいいんですか?年上の人には伯父さんとか爺さんとか言うじゃないですか」
「私が先に生まれたんだから、先生とでも呼べばいいな」
「ああ、先に生まれたからね。先ず生きてる、とも読むけれどね」
「なんだと」
「いやいや、それよりもですね。今日はいい天気ですから……」
「お前ねえ、いい加減なことを云っちゃいけないよ」
「へ?あっしがいい加減なことを云いました?」
「今日はいい天気、と言ったが、今日一日はまだ終ってないだろう」
「あ、いや、これからだってたぶんいい天気ですよ」
「絶対か? 証拠は? 命かけるか?」
「そんな小学生みたいなこと、言わないでくださいよ。天気予報でやっていたんですから。今日はいい天気だって」
「天気予報は、『いい天気』なんて言い方をしないだろう」
「先生は相も変わらず、細かいっすねえ。『いい天気』と云ったら、晴れに決まってるじゃないですか」 
「日照り続きで困っている農民にとって、晴れはいい天気か?」
「え?」
「蛙にとっても、雨のほうがいい天気だぞ」
「え? じゃあいい天気って云っちゃいけないんですか?」
「天気予報なら私も見たよ。正しく云うなら、『今日は午後から晴天の確率が八〇パーセントです』と。こうなるな」
「はあ。えー、それでね、あっしは今さっき、上野の……」
「ちょっと待て。どっちだ?」
「え? なにがですか?」
「だから、今なのか、さっきなのか」
「いや、今さっきってのは、今じゃないですよ」
「じゃあ、先程、とだけ云えばよいだろう」
「ええ?そうなんですかあ?じゃあ、先程上野の科学館に云ってきたんですよ」 
「ふむ。国立科学館だな」
「そしたら、人が居るの居るのって……」
「(指を立てて指摘しかけて、やめ)んんー、そうか」
「どこで先生にツッコまれんのかと思うと、警戒しますねえ。ええと、それで恐竜の骨があったんですよ。それもティラノサウルスですよ。すごいもんですねえ」
「ティラノサウルスは属名だ。正しく言うならティラノサウルス・レックスだな」
「はあん。先生の言ったとおりにやりますと、えー、先生今日は。今日は今までのところは晴天でございまして、午後は八○パーセントの確率で晴天ということで、先程上野の国立科学館に行きましたところ、人が居るの居るの。そこでティラノサウルス・レックスを見て参りました。証明終わり!」
「なんだその証明終わりっていうのは」
「でも先生は学があるから、何でもご存知ですよね」
「まあそう云われているな。森羅万象・理社仏英数なんでもござれだ」
「なんですか、それは。じゃあちょっと聞いてみたいんですけれどね。海はどうして塩っからいんですか?」
「魚が小便をするからだなあ」
「ええっ! 魚の小便ですか? 汚えなあ。じゃあこれは子供によく聞かれるヤツですけれどね、空はなんで青いんですか?」
「あれは、海の青いのが映ったんだ」
「本当ですか?」
「その証拠に、海が暗くなったら、空も暗くなるだろう。ならないか?」
「ああ、なりますねえ」
「ほらみろ」
「ええっと、じゃあ虹はなんで七色なんですか?」
「あれは商標だ」
「はあ?」
「だから、あれは商標なんだよ。空で、見えない壁に張り付いている連中がデザインして、描いているんだ。版権を取っているから使うときは使用料を払わなくてはいけないんだ」
「いや、聞いたことなかったですねえ。じゃあ、月の模様は?月にウサギはいるんですか?」
「いるのはPL学園のOBだな」
「えええ?」
「ウサギに見えるのは、あれはジャビット君で、OBの巨人ファンが人文字というか、人でドット絵を作っているんだよ」
「それは知りませんでした。すごいな、PL学園のOB。星ってのは、なんで光ってるんですかね。しかもちょっと揺らぐじゃないですか」
「あれはものすごく遠くにあるからな、わかりにくいが、たき火が揺れているんだ」
「たき火なんですか?じゃあ、なんで落ちてこないんですか?」
「天井に張り付いている連中が、たき火を押さえているんだ」
「ああ、さっきの虹の商標を持っている人たちの。大変じゃないですか。天井に張り付くって」
「力が強いんだ」
「力尽きたりしないんですか?」 
「だから時々流れ星が降るだろう」
「ああ、あれは落ちているんですか。ああ。そもそも物ってのは、どうして下に落ちるんですかね」
「上に落ちたら、宇宙に飛んでいって危ないだろう」 
「はあ、そうですか。それで説明になってるのかな。じゃあ、宇宙の果てはどうなっているんでしょう」
「だから天井にぶつかって、そこには虹の商標を持つ連中が夜はたき火しながらぶらさがっているんだよ」
「その向こう側は?」
「越えられないよ」
「それをガリガリ引っ掻いて、その天井を越えるんですよ。どうなるんですか」
「うーん……毒ガスの層があるんだよ」
「ああそうですか。じゃあ、その毒ガスを越えていくとどうなるんですか?」
「危ないからやめたほうがいい」
「危なくてもいいんです。その毒ガスを越えていったらどうなるんですか」
「なんにもなくなる」
「ああ、真空ですか。それをずーっと行ったら、果てはどうなるんですか」
「しつこいやつだねえ。ちょっと催してきたので……」
「ダメですよ。答えてください。その果ては?」
「それは、その……田中さんの家の居間とか、そういうところに繋がっているんだよ」
「へ?何で田中さんなんですか?」
「富樫さんでも、津田さんでもいいよ。お前の家だってそうだろう。物が失くなることがないか?」
「ああ、ありますねえ。気に入っていた本とかがどういうわけか失くなります」
「宇宙の果てと繋がっているということだ」
「あの、また出てくるときもありますけど」
「だから宇宙の果てから帰ってきたんだよ」
「え? そうなんですか。失くなった本は、宇宙の果てまで旅をしてたんですか。さすが先生はよくご存知ですねえ。じゃあ逆に、地面の下。こっちはどうなっているんでしょう」
「聞いた事がないか? 亀がいるんだ」
「ああ、大地は亀の上にあるってやつ。なんか昔の人が云っていたらしいですね。その亀の下は?」
「親亀に決まっているだろう」
「もしかしてその下って」
「おじいさん亀だよ。もちろん」
「昔の人って、たぶん先生みたいな人だったんでしょうね。いちばん下の亀の下はどうなっているんですか?」
「田中さんの家の天井だな」
「出た! 田中さん! 田中さんの家、すごいですね」
「だから、津田さんも、富樫さんも、トリンドルさんもそうだって」
「なんか急に出てきましたね。トリンドルさん」
「とにかく、誰もいないのに、ミシッと音がすることがあるだろう。あれは、亀が踏んでいるからだ」
「とんでもないものに踏まれていますね。どれだけ重いんですか。そもそもその亀、何歳なんですか?」
「一万五十三歳」
「なんですか、その年齢」
「宇宙の年齢だな」
「どうやって計算したんです?」
「私が小さい頃、亀は万年と聞いたな。あれから五十三年経った」
「万年って、ぴったり一万年だったんですね」
「これからは、亀は一万五十三年と言いなさい」
「細かいですね。およそって訳にはいかないんですかね。ああ、じゃあ、その前はどうなってたんでしょうか。亀はいないんでしょう?」
「卵だったな」
「はあ。そのとき地面は誰が支えてたんです?」
「その亀の親ガメだよ。そのときは生きていたんだ」
「じゃあその先代の亀が地面を支えてたんですか。死んだら入れ替わるんですか?」
「そうだ。だから地震が起こるだろう。あれは亀が入れ替わっているんだ」
「そうだったんですか。じゃあ、その前の亀は……」
「代々、ご先祖の亀が世界を支えてきたんだ」
「それ、ずうっとさかのぼっていくとどうなるんです?どこまでさかのぼれるんですか?」
「ちょっと催してきた。今度は大だ」
「いやいや。ダメですよ。漏らしてもいいから、それだけ答えてくださいよ」
「……百万年くらい前になるな」
「百万年前ですか。その亀はどっから来たんです? ねえ、どっから」
「しつこいやつだなあ」
「いいから答えてくださいよ。その亀はどっから来たんですか?」
「うーん、その亀は……田中さんが縁日で買ってきた」

〈了〉

ver1.1 2020/4/30

Ver1.2 2022/5/24

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