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選挙カーについて思うこと
先日、久々にウグイス嬢として選挙カーに乗ってきた。
前の会社の正社員になる前だから、かれこれ10数年ぶりか。
日本の選挙に関して、特に名前を連呼する選挙カーに関しては、疑問視されることが多いと分かったうえで、思うこと書き連ねてみたいと思う。
まず、結論として私が選挙カーが必要かどうかという問いに対して言うならば、今のところ都市部に関しては必要性が見いだせない。
市街地を大きなスピーカーから爆音で名前の連呼、やっと眠った赤ちゃんが、療養中のお年寄りが、騒音に悩まされる。。。なんて話をよく聞く。本当にはた迷惑な話である。
ただ、今回久方ぶりに選挙カーに乗ってみて、地域密着の市議会選挙、それも山間部やお年寄りの多い地域などには、これは必要なことなのだと身をもって知った。
まず、前提として候補者と地域の人たちの距離が近い。
『何時くらいに選挙カーが行くしなあ』という情報が、身内や近しい人たちから周知されている。そして、その時間帯近くになったらお家で待機。選挙カーに乗って、獣しか聞いていないような峠を越え(もちろん山林のなかではウグイスも鳴かない)、いざその集落に到着したら、選挙カーでおなじみのアナウンス。名前の連呼をしているようで、『おっちゃん、おばちゃんきたで~』という合図なのだ。遠くからこのアナウンスが聞こえてきたら、家族総出で軒先にでてきて、『頑張ってなあ。あんたが頼りやで』と、握手はできないけど笑顔の確認。候補も『この前の台風で封鎖してるあの道な、早く改修するしまっててなぁ』と声をかける。
SNSだYouTubeで政策の発信だといっても、やっぱり届かない人もいるわけで。こうして、自分たちのために働いてくれる人がいる。あの、あぶなっかしい交差点に信号をつけてくれた人。遠くのスーパーに買い出しに行けなくて困っていたら、コミュニティバスを通してくれた人。なんという安心感。ああ、パフォーマンスではない選挙がここにあるんだなと思った。そして、選挙期間中は地元の人たちと100パーセント向き合える期間なのだ。
ウグイスだって、どこかれ構わず爆音で声を出しているわけではない。住宅街では声のトーンを落として、開けた場所では声が通るように大きめの声で。応援してくれる人たちが出てきたらお礼を言う。ここは、牧場だからアナウンスはしない、工業地帯だから働く人たちにむけた政策をいう。この地域には、今後こういうことを実現するよ、この地域のこの政策は通ったから早く着手するね。そんなことを、移動しながら瞬時に判断してマイクに載せる。プロの仕事は名前をがなっているだけではないのだよ。
久しぶりに選挙カーに数日乗ってみて、おもいがけず楽しい時間であった。そして、選挙カーだけではないけど、自分たちに必要ないからといって、すべてが悪ではなく、必要な人たちもいるのですよということを思い知ったのでした。