【長編小説】 初夏の追想 27
守弥がパリへ渡った翌年の、五月の初旬のことだった。犬塚夫人はいつものように休暇を開始するために、あの別荘を訪れていた。裕人も付いて行く予定だったが、仕事の都合で二、三日遅れることになった。
別荘地には誰もいなかった。その近隣では、向かいの建物に私の祖父が絵を描いているくらいだった。
犬塚夫人は別荘に着くと、裕人が到着するまで独りで過ごした。そのあいだ、連絡もなかったけれど、普段と違ったことは何もないと思っていた、と裕人は言った。
「ところが……」
裕人は言いながら気色