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【長編小説】 初夏の追想

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30年の時を経てその〝別荘地〟に戻ってきた〝私〟は、その地でともに過ごした美しい少年との思い出を、ほろ苦い改悛にも似た思いで追想する。 少年の滞在する別荘で出会った人々との思い… もっと読む
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#画家

【長編小説】 初夏の追想 4

 ――私がその土地を初めて訪れたのは、三十五歳を迎える年のことだった。当時ひどい胃潰瘍を…

【長編小説】 初夏の追想 8

 それから一週間ほどあとのことだった。私は午前中、居間で読書をして過ごしていた。祖父は、…

【長編小説】 初夏の追想 17

 ――蝉の幼虫が、地中における七年間の精進の末ついに地上に出ることを許され、成虫となって…

【長編小説】 初夏の追想 20

 私は再び犬塚家の別荘に戻った。平生通り、祖父は一切のことに無関心だった。あちらに行くと…

【長編小説】 初夏の追想 21

 パタン、と、扉が閉まった瞬間から、その部屋には私と守弥の二人きりになった。部屋の中は閉…

【長編小説】 初夏の追想 22

 ――目が醒めたとき、私は床の上に横になっていた。部屋の中に守弥の姿はなく、私の絵画たち…

【長編小説】 初夏の追想 24

 その後、私は山を降りた。犬塚家の人々がそれからどうなったのかは知らない。  胃潰瘍の症状は、もうすっかり良くなっていた。祖父はいたわるような目で私を見、この先頑張るようにと言葉をかけて、送り出してくれた。  最後に祖父と交わした会話のことを、いまになっても私は細部までよく覚えている。  ――出て行くときふと見ると、いつもの窓辺の画架に、まだ完成を見ない絵が架かっていた。それは犬塚母子の肖像画で、何度も潰しては描き直した跡があった。画布の上に重ねられた絵具は、相当厚いもの

【長編小説】 初夏の追想 25

 ――今朝のことである。私はこの屋敷に到着してから初めての来客を迎えた。  昨夜その人の…

【長編小説】 初夏の追想 26

 月が変わり、東京の美術館で守弥の個展が始まった。  パリを拠点に活躍する新進気鋭の画家…

【長編小説】 初夏の追想 28

 ――守弥はパリで絵を描くうち、あるフランス人の画家から言われたそうである。 「君の絵は…