【長編小説】 初夏の追想 24
その後、私は山を降りた。犬塚家の人々がそれからどうなったのかは知らない。
胃潰瘍の症状は、もうすっかり良くなっていた。祖父はいたわるような目で私を見、この先頑張るようにと言葉をかけて、送り出してくれた。
最後に祖父と交わした会話のことを、いまになっても私は細部までよく覚えている。
――出て行くときふと見ると、いつもの窓辺の画架に、まだ完成を見ない絵が架かっていた。それは犬塚母子の肖像画で、何度も潰しては描き直した跡があった。画布の上に重ねられた絵具は、相当厚いもの