珈琲派 シロクマ文芸部
珈琲と紅茶は仲が良くないのだろうか。どんな場面であれ、両方を一度に、という人はいないだろう。自ずとどちらかを選ぶことになる。
僕が喫茶店で珈琲を飲むとき、君は迷わず紅茶を飲む。左手でソーサーを優雅に持ち、右の指でカップを摘まんで、そのたおやかな唇に添える。そう、添えるんだ。決して僕がするようにかぶりついたりしない。
映画を見に行ったとき、君はトーラーについて解説してくれたっけ。でも僕にはそんなことはどうでもよかったんだ。君の口元さえ見られればね。だいたい映画は絵画の贋作のお話。そこに描かれている宗教画じゃない。
確かに君の話にも一理ある。その映画で描かれている虚偽や欺瞞や傲慢が固く禁じられた世界が描かれた絵画だったからね。作者の皮肉がそこに込められてるっていうのはわかるんだ。それを読み取れたら、もう少し深く映画を観ることができるのかもしれない。
でも、そんなものなくったって僕はちゃんとストーリーも追えたし、十分おもしろかった。だいたい外国の映画だから字幕を追うのもたいへん。その裏にある文化にまで思いを馳せる暇なんてないよ。
君はそんな僕にもやさしく微笑んでくれる。その瞳には白い花が宿っているように見える。
僕は真っ黒な珈琲がまだ熱いのを我慢して、グイッと呷るんだ。
534字
*トーラー 旧約聖書の冒頭の五書のこと。戒律が示されている。
小牧部長さま
今週もよろしくお願いします。
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