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歯ブラシ  山根さんの企画


歯ブラシを受け取って、僕はそれを無理矢理口の中に押し込んだ。
こみ上げてくる嗚咽がアルコール臭い。

飲み過ぎだ。そんなことは言われなくてもわかっている。
目の前の鏡にちょっと眉を上げてみる。なんのことはない、いつもの僕だ。
左側の鏡を覗くと、目線の合わない僕がいる。
誰だ?あんたは。
そうやって誤魔化してちゃダメだ。翌朝まで残るような飲み方が良くないなんて小学生でも知ってる。
さすがに小学生は知らないか。

鏡に映る歯ブラシを動かす動作が心なしか遅れて見える。
こんなんで車を運転したらいずれ事故るだろうな。アルコールが残っていれば、翌朝だろうが酒気帯び運転になるらしい。
深酒でずいぶん寿命は縮まっただろう。
元々の寿命がわからないのにどうして縮んだなんて言えるんだ、ばかばかしい。不摂生した挙句にあるのが僕の寿命だ。
鏡の中の僕は至って元気そのものだ。

口をゆすいで、そのまま顔を洗って、タオルを顔に当てた。
フーっと息をつく。
タオルから覗いた顔でニヤけてみる。いやらしい、いい顔じゃないか。

立ち去ろうとすると、鏡の中で視線の合わない僕が言った。
「ちょっと待て。鏡の僕と会話して何も気づかないなんて、おまえ、かなりおかしいぞ」
そういえば、歯ブラシを渡してくれたのは合わせ鏡の中の僕だった。
   533字


山根さん
今週もおもしろい課題でした。
よろしくお願いいたします。


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