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1st Penguin シロクマ文芸部

最後の日。そう自覚した。ファーストペンギンは我が子が生まれた時の姿のように足が震えているのがわかった。長い間、勇者として南極の海を泳いできた。羨望と憧憬を義務と責任と捉えて暮らしてきた。
もう今は違う。もうこの瞬間、自分はファーストペンギンではなくなった。
しかし今、この期に及んでこの場を去るわけにはいかない。ファーストペンギンは銀色に輝く雪のような、これまでにない勇気をもって、震える身体を最後の海に投げ出した。
 
「我が社の営業部は勇猛果敢な人材を求めている」
就職案内にはそう書かれている。確かに学歴では鼻にもかけてもらえないのは重々承知している。しかし勇猛果敢さなら誰にも引けを取るものではない。この気持ちこそ会社が求めているものではないのか。それをエントリーシートにぶつけた。一次面接では思いの丈を熱く語った。「御社が求めておられるのはこの私です」と。
重役との面接でも臆することなく情熱をぶつけた。
重役は椅子ごと他所を向いて、そこにいる見えない誰かに囁くように話し始めた。
「頭がよく、やる気のないヤツは参謀に向いている。頭は良くない、やる気もない。そんなヤツは前線に放り込む。やるヤツはやるし、ダメなヤツは辞めていく。
頭が良く、やる気のあるヤツは指揮官に向いている。即、現場に行かせる。頭はあまり良くないが、やる気のあるヤツ。こいつが一番の曲者だ。現場でおお事をやらかすんだ」
そう言ったきり、背を向けてしまった。
なんなんだいったい。あの宣伝文句はまやかしか?
 
怖気づいたファーストペンギンはこれ以上前線に立つ資格はない。勇敢な若者にこの地位を譲ろう。
確かに、やる気ばかりではどうにもならないことが、この世の中にはたくさんある。やる気ばかりが先立つと、すぐにサメに食われてしまう。
とは言え、勇気は賞賛されるべきだ。
だがこの南極の海と言えど、慎重を旨とするセカンドペンギンに支えられていることを忘れてはならない。
         815字


小牧部長さま
今週もよろしくお願いいたします。


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