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わたしのイカイ地図🈡 #創作大賞2024



    終話
生来三度目の短い電車。その清いまでに白い車体が無慈悲に映る。
三回ともあなたと一緒。でも今回は黒塗りの箱に納まった小さなあなたと。

「海に一番出やすいところに」と電車に命じて、あとは寝そべっているだけ。
電車は長いトンネルを抜けて暗い森に入った。街にはない緑の木々に、森の匂いにあなたは安らぎを感じることはあるの?
 
あなたが言っていたことを思い出す。
「手入れをしていないミカさんの庭に突然花が溢れる様子を見たら、そこにはどんな科学があるのか、どんな魔法がかけられたのか、知りたいと思うでしょう?」
そんな話をするときのあなたはキラキラしていた。
「それは穴があったら覗いてみたくなる欲求に似ていて、覗いたからって何かが変わるってものでもない」
あなたは悪戯っ子のような目をしていた。
「たとえば春の風が吹くと、それに乗って野の花の妖精がやってきて、そこいら中に野の花の種を蒔く。その様子を覗いたからって、それが来年からは中止ってことにはならない。また、たとえどんな不届き者がその妖精を捕まえようとしたところで、妖精はそれを難なくすり抜けて捕まえることはできないんだよ」
いったい何の話?って私も笑った。
「科学ってそんなものなんだ。そんなものだってわかっていても穴の向こうが知りたい。何の役に立つわけでもないけど理解したいと思う。たとえそれで何も変わらなくてもね。それが科学者ってものなんだ。そのくせ真理にはたどり着けない」
あなたの表情が目まぐるしく変わるのを私は見ていた。
「だけどこの欲求を満たそうとすることは間違っているかもしれない。たとえば夜道を歩いていると、明るく光る穴が空いていたとしよう。それを覗くと強いレーザー光で目をやられてしまうかもしれない。鏡を使うと相手を傷つけてしまうかもしれない。そんな風に欲求と危険は常に背中合わせに、いつも一緒にいるんだ」
あなたはいつも真摯に向き合っていた。それは私が知っている。
「だからより慎重にならなきゃいけないって思うんです」
あなたは自分の調査をそんな風に説明してくれた。乗ってくるとため口になるのが好きだった。
 
車窓が明るくなったので、ひょいと頭を上げると海が広がっていた。
もうすぐ。
行きたいところに連れていってくれるこんな便利な電車はどこを探してもないだろうな。電車を降りたら歩くことにはなるんだけど。
 
電車は海に出やすい場所をちゃんと選んでくれていた。おそらく海に一番近いところと言えば、断崖絶壁に停まったのだろう。
礫岩がゴロゴロ転がっていて歩きにくいのはあるけど、森を掻き分けて行くことを思うとフラットな道と言っていい。靴がなんとかもってくれて本当によかった。
 
箱の中の彼を抱えて、浜辺にしゃがみ込んだ。
 
白い波が打ち寄せる私の知っているのと何も変わらない海の上に白い月が出ている。ここに来て月を見るのは初めてのような気がする。地球と同じようにここには衛星がひとつある。
 
月。あの模様。あの模様は私の知っている月に似ている気がする。もっとよく地球の月を見ておくんだった。あなたが私ならきっとわかったはずよね。
 
私たちの世界はどこにあるんだろう。どうなっていくんだろう。ここはもしかしたら私たちの次の世代なの?それとも私たちの前の世代?それともパラレルの世界なの?
私にはわからない。もう知ることはできないかもしれない。でもここでよかった。あなたと出会えてよかった。
 
あなたが最初の日、地上を一緒に歩いてくれたのは、本物の青い空を見せたかったから?それとも空にこの月が浮かんでいたの?何も気づいてあげられなくてごめんなさい。
 
どうしてあなたはここで眠りたかったの?
震える波間を眺めていると、遠くで月に向かって何かが跳ねたように見えた。でもここは死んだ海だって・・・あなたは。今のあれはあなたを殺した太陽の反射だったかもしれない。
 
また跳ねた。イルカみたいだった。今度はしっかり見えた。二頭が描いた放物線をなぞることだってできる。
海は死んでなんかいないじゃない。あなたは知ってたんだね。でもそれはこの社会のタブーだったの?どうして?
あなたも彼らも私なんかよりずっと海との親和性が高いはず。なのにどうして海を隠す必要があったんだろう。
どんな秘密があるの?
あなたが「海は死んでいる」って言った時の悲し気な顔を思い出す。
あなたはこの社会を憂いていたのかもしれないね。
 
あなたはやさしい目をしていた。
私はあなたの妻になりたかった。本当はね。でもあなたの欲求を満たしてあげることはできなかったって知ってる。
私はあなたの前ではずっと幼稚園児のまま。まだまだ訊きたいことがいっぱいあるのよ。
私は何も読み取ることができないし、想像力も欠けているかもしれない。でもこの場所は、この海はあなたのメッセージよね。
あなたは最期に私をここに連れてきてくれた。
ありがとう。

ふいにあなたの声が聞こえた。
「うん。私もあなたを愛している」
       了

     第十話


長い間、ありがとうございました<(_ _)>

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