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映画『WAVES』感想 普遍的な道徳物語、が故に…


 うーん、今回あんまり誉めるとこないかも。映画『WAVES』の感想です。

 フロリダ州で暮らす高校生のタイラー(ケルヴィン・ハリソン・Jr)は、裕福な家に育ち、レスリング部でも活躍、校内でも美人と評判のアレクシス(アレクサ・デミー)を恋人に持って、順風満帆な生活を送っていた。そんな折、タイラーは自分の肩が故障していることに気付くが、厳格な父親のロナルド(スターリング・K・ブラウン)から、多大な期待という重圧を感じていて、言い出せないまま試合に出ようとする。さらにアレクシスから妊娠していることを告げられて、追い詰められたタイラーは、ある事件を引き起こしてしまう。
 タイラーが起こした事件の後、妹のエミリー(テイラー・ラッセル)は、学校にも、崩壊しかけた家族にも居場所を見出せずにいた。そんな時、声を掛けてきたルーク(ルーカス・ヘッジズ)と心を通わせるうちに、少しずつエミリーは人生を取り戻していく…という物語。

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 トレイ・エドワード・シュルツによる監督・脚本のこの作品。監督作品は他の作品を観ておらず、この作品が初見になります。そもそも予告で惹かれたのは、『ミッドサマー』など、今一番尖った話題作を手掛ける会社「A24」の作品であることと、劇中でフランク・オーシャン、アニマル・コレクティブ、レディオヘッドなどの楽曲が使用される「プレイリスト・ムービー」という謳い文句でした。

 まず、この映画の特徴として、ぐるぐると目を回すようなカメラワークがありますね。アクション映画でもないのに、流れるように動くカメラ視点が、あまりない使い方のように思えました。さらには、後からそういえばと気付いたんですけど、物語の展開に合わせて、画面サイズが変化していってるんですね。闇に墜ちるような展開の時はサイズが狭まっていって、人生に上向く道が見えてくると、サイズが広がっていくという。
 フロリダ州という明るい場所を舞台にしていることもあり、色彩豊かな画面などもあり(同じくフロリダが舞台の名作『フロリダ・プロジェクト』もそうでしたね)、結構画面の作りは実験的でこだわりがあるように思えました。

 ただ、その実験性の割に、脚本は正直、凡庸というか、全く心に刺さらなかったんですよね、残念なことに。
 タイラーが追い詰められていく原因となるマッチョイズムを持つ父親との関係性や、その後の恋人との破綻など、よく言えば普遍的な展開、悪く言うならわりかしパターン化された物語に感じられました。
 もちろん、意外性があればいいというわけではないんですけど、もう少し必然性というか、そうならざるを得なかったような部分がないと、あまりタイラーに、共感とまではいかなくとも、同情的な気持ちを持てないんですよね。しかも、冒頭では「ザ・リア充」という描写がしつこく繰り返されるので、余計そう感じてしまいました。
 前半はタイラーを主人公とした視点なので、ここがどうしても冗長に感じられてしまい、ホラー映画で殺される系のキャラが転落していく姿を丹念に見せられているだけのように思えました。

 その後、後半は主人公が妹のエミリーに変わって、破綻した人生が再生していく物語になっていくんですけど、エミリーとルークは、前半のタイラー、アレクシスとは対照的に、いわゆる「陰キャ」という人間なんですね。その二人が光に向かうという物語になっています。
 だから前半は陽から陰へと墜ちていき、後半は陰から陽へと浮かぶ、逆転の構造になっていると思います。
 この後半は良いお話にはなっていると思うんですけど、この逆転構造もあまりにもシンプル過ぎて乗れないところがありました。何か調子こいてるリア充が不幸になって、我慢していた非リア充には良い事があるみたいな感じに見えてしまいます。

 あと、演出の部分で大きい特徴である音楽の使い方、これも今一つだったんですよね、好きなアーティストばかりだったんですけど。
 この楽曲たちありきで脚本を仕上げたそうなので、歌詞と物語がリンクしてはいると思うんですけど、先述したように、物語があまりにも凡庸過ぎて、楽曲そのものに込められているものの方が大きく感じてしまうんですよね。
 例えばタイラーが、アルコールやドラッグにより自分を見失う場面で、ケンドリック・ラマーやカニエ・ウェストなどのヒップホップが使われるんですけど、何かあまりにも単純すぎないですかね。もちろん、詞にリンクしているんだろうとは思いますし、ヒップホップ自体がドラッグカルチャーと結びついているのも分かるんですけど、ヒップホップのライムにドラッグが出る時は、それを使用するしかないという背景も含めてラップしていると思うんですよ。英語が解るわけではないので、歌詞を読みこんではいないんですけど、裕福な人間が自暴自棄になってグレただけの場面で使われるにはあまりにも安直じゃないかなと思うんですよね。

 一番ハマっているのは、終盤で流れるレディオヘッド『True Love Waits』ですかね。ここでタイラーとエミリーだけでなく、他の人物たちの人生にも決着のようなものが着くので感動的な演出にはなっていると思います。罪を後悔する者、赦しを受け入れる者というような。(罪を犯す、後悔に苛まれるというキャラは嘔吐するという共通場面があるんですけど、何ですかね、あれ? 『あしたのジョー』オマージュ?)
 けど、それまでタイラーとエミリーの視点でしか描かれていなので、今一つ弱いんですよね。そもそもエミリーの再生の物語も、タイラーはあまり描かれていないので、エミリーとその周辺だけの決着に思えてしまいます。いっそ、前半部分もエミリーの視点で進めた方がしっくりきたのでは、と思いました。

 本当に楽曲は好みのものばかりなんですよ。この監督とは趣味が合いそうだとは思うんですけど、それだけに物語が残念なのが、結構自分の心にも抉られてくるように感じるんですよね。
 僕も昔、好みの曲を並べてCDに焼いて、友達や好きな子にあげたりしたんですけど、結構曲順とかしっかり考えて、物語的に感じられるようにした覚えがあります。その頃の楽曲が使われているわけじゃないんですけど、趣味が合うせいか、自分のプレイリストで物語が作られているような気恥しさがこの作品にはあって、心が痒くなる映画でした。


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