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映画『8日で死んだ怪獣の12日の物語』感想 シュールな現実をフィクションにする映画力


 岩井俊二監督作品でも異色な内容だと思いますが、でも岩井作品のロマンチックさもしっかりある作品だったとも思います。映画『8日で死んだ怪獣の12日の物語』感想です。


 コロナウィルスによる緊急事態宣言下にある東京。俳優のサトウタクミ(斎藤工)は、撮影の仕事もない日々の中、巷で話題の「カプセル怪獣」の卵を通販で購入。コロナウィルスを撃退してくれる怪獣に育つことを目標に、その成長模様を動画配信し始める。一方で、サトウタクミの後輩俳優である丸戸のん(のん)は、通販で「星人」を購入して育て、交流をするようにまでなる。
 一向に「カプセル怪獣」の卵は孵る気配はなく、サトウタクミは怪獣に詳しい樋口監督(樋口真嗣)とリモート通信で、怪獣の情報を指南してもらうが、予想に反して怪獣の卵は、次々に形を変化させていく…という物語。

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 こちらで感想を書いておりますが、今年公開の『ラストレター』も記憶に新しい岩井俊二監督の最新作。といっても、コロナ状況がなければ生まれなかった予定外の作品で、YouTubeでの配信作品を基に、劇場作品として仕立て上げた映画だそうです。
 全編リモート撮影で収録されていて、「コロナ禍で出来ること」を模索した結果、「コロナ禍でしか出来ないこと」を手法として確立させたようにも思える佳作となっています。

 もちろん、緊急事態宣言中という状況下で、しかも急遽作成された映画ですし、映画作品としての完成度は高いというわけではないと思います。どこかアマチュア感というか、自主製作映画のような雰囲気を持った作品です。
 けれども、それが逆に「映画が好きで好きで仕方ない人たちが創ったんだろうな」という空気が出ていて、心地よく感じるんですよね。この雰囲気は狙って製作したんじゃないかなと思うんですが、どうでしょうか。

 リモート撮影と加えて特徴的なのは、役者たちがほぼ本人役としてリモート会話を続けて物語が進んでいくという形です。かっちりとした台本はなく、会話の大体の内容だけ決めて、後は出演役者自身の言葉で喋らせているような形になっています。フェイクドキュメンタリーの会話に近いものですね。
 本職は役者ではないはずの樋口真嗣監督や武井壮なども、ごく自然な演技で、結果として俳優よりもリアリティのある会話劇となっていました。

 この方式、どこかで見たなと既視感があって思い出したのが、ダウンタウン松本人志のコント作品『VISUALBUM』だったんですよね。
 特に「古賀」という板尾創路がメイン役となるコントでの会話劇は、設定だけがあって、その状況下であったなら、こんなことを考える・反応するだろうというような言葉を、登場人物が紡いでいってる作品なんですね。かっちりとした台本を作らずに、ある種の即興だからこそ出来るリアリティ表現の手法だと思います。
 松本人志はこの後、映画監督の道に入り、『大日本人』では『VISUALBUM』の延長のような作品を撮りますが、その後の『しんぼる』『さや侍』『R100』では、作劇に力を入れてしまい、「状況が異常だけど演技はリアル」という特徴を捨ててしまったように思えます。
 本当はこの方式を続けていたほうが、映画作品としても独自路線を貫けたように思えるんですよね。

 話が逸れてしまったので作品感想に戻しますが、今作では撮影が制限されているためか、岩井監督お得意の美しい自然光画面はあまり登場しません。ただ、緊急事態宣言下で人の少ない東京を空撮した場面が幾度か出てくるんですけど、現実にあった状況場面であるにも関わらず、すごくシュールでロマンチックなフィクションめいた映像に見えるんですよね。これはこれで、すごく岩井作品の雰囲気を醸し出しているように思えました。

 思えばコロナウィルスによる緊急事態宣言中の状況って、どこか現実感がなかったように思えるんですよ。確かに世界中で人がたくさん亡くなっているし、日本では欧米と比較すれば死者が少ないとはいえ、著名人も亡くなってはいるんですけど、パンデミック映画のように爆発的感染がないので、感染されたご本人や周囲の方以外は、実感出来ていなかった人が多いんじゃないでしょうか(そこがなかなか収束に向かわない恐ろしさでもありますが)。

 このどこかフィクション的な現実を、リアリティのある本人演技で作劇にしてしまうという逆転現象を起こした作品のように思えます。
 そして岩井作品の十八番である魅力的な女性は、今作ではのんがしっかりと務めあげているんですけど、やっぱりすごく良い演技なんですよね。のんさんの演技は、本人役としてではなく、役者としての演技力の高さが発揮されていたと思います。

 映画としての結末は、多少甘いところもあるかなとは思いましたが、そこも含めて心地良いアマチュア感が出ていたと感じました。制限された状況によって、逆に自由な発想と、パッケージングを気にせずに肩の力を抜いて創られたような、製作側が楽しめる作品だったのではないかと思います。


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